経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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状況からのフィードバック

今自分に起きていることは、自分が置かれている状況からのフィードバックだと
考えてみると、いろいろなことが紐とけるのではないでしょうか。

体調が思わしくないとか、イライラするとか、怒りがこみ上げてくるといった
ネガテイブな自覚症状は、そこに至るまでに自分が積み上げてきたプロセスの
結果からのフィードバックだと考えてみると、自分の世界は広がるのではないで
しょうか。

調子が良い、嬉しい、楽しい、気持ちが良いなどのポジテイブな自覚症状もしかり。

一カ月前には、自分の体調や体力の無さにめげていた私も、今はとても元気になり
ました。これも、やはり食生活の改善やストレスのない生活を送っていたことから
のポジテイブなフィードバックなのだと思います。フィードバックを受け止めたら、
次にすることは行動変容とその維持・継続です。これが出来るかどうかで、その人
の学び力の真価が問われるような気がします。
よ、よし! 頑張ろう・

ともあれ、改善したり努力したことのフィードバックはとても嬉しいけれど、ムリ・
ムダ・ムラからくるネガテイブなフィードバックはきついです。身を持ってそのこ
とを実感しました。

自分の中でおきているこのようなフィードバックシステムは、チームや組織にも
あるはずです。
組織の中で起こること、人材開発での悩みなどなど、ビジネスの世界にはまだまだ
学びを呼び込む余地が沢山ありそうです。

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他者からのフィードバック

今日は土曜日。昼間TVをつけたら、お笑い芸人の番組で、
「女性スタッフに嫌われる芸人」というコーナーをやっていました。
普段お仕事をしている時の、プロデューサー、AD,カメラさん、メイクさん、
衣装さんなどの女性スタッフが、お笑い芸人についてどんなところが良いとか、
どこが嫌いかなどのアンケートに答えるというものです。

芸人の皆さん、キツイフィードバックには、本当に堪えたでしょうね。

私達は、仕事場でも生活場でも、沢山の人と関わり合って生きています。
そして普段から関わりが深かろうが浅かろうが、実に沢山の人物観察をして
います。

 あの人はいつもニコニコしていて感じがいい人
 あ~いう態度って、許せないね
 あの人って、上の人ばかりに気を使って感じ悪いね
 あの人って自分のことしか話さないよね  などなど

しかし、逆に自分だって観察されているということは、ついつい忘れがち。
そういう意味では、おもしろい番組でした。

とくにキツイフィードバックを受けた人のリアクションが面白かったです。
「僕は嫌われるようなことはしていませんもん」、「そんなことありません」
などの反応が多数。気持ちは分かりますね。
しかし、自分の見え方は、他人が決めるので、仕方ないですよね。

フィードバックは、自分の姿やあり方などが、他人からはどう見えるかを
教えてくれるもの。異なる脳同志が認識を交換するわけですから、一致し
なくて当たり前。


自分が思っている以上に良いフィードバックをもらえたら嬉しいし、逆にそう
でなければとまどうのは誰でも一緒です。その中から、自分に役に立つものを
拾える人と拾えない人とでは、当然何かが違ってくるはずです。

TVを見ながら久しぶりにフィードバックについて振り返った土曜日でした。

フィードバックへの怖れ

つい最近、「これは相手にフィードバックしなくては・・・」と思う出来事が
ありました。

フィードバックは
‘相手の言動観察をもとに、相手の認知や学習を促進する目的で行うもの’ 

しかし人間関係におけるフィードバックは、する側の認知を頼りに相手に何かを
伝えることになるので、本当に難しいことなのだと思います。

当然フィードバックには誤解や反発はつきものです。
過去に、フィードバックをしたことで、ピシャリと心の扉を閉じられちゃった
ことや反発されたこともあり、へこんだ経験を何度もしているのですが、
それでもまたフィードバックの機会が巡ってくるのです。

フィードバックをするには2度エネルギーを使います。
一度目は、どんな言い方をしたらよいのか、何を伝えたらよいのか
 と悩みながらもフィードバックをするまでのプロセスです。
二度目は、そのフィードバックを相手が受け入れたかどうか、
 それが分かるまでのプロセスです。

かなりのエネルギーを使うのでしない方がどんなにラクかわかりません。

でも、フィードバックをしない選択をしたとき、それはそれでまた自分の大切に
している何かとの折り合いをつけなければなりません。
フィードバックは、したことの影響と、しなかったことの影響の両方との折り合
いをつけなければならないわけです。

もちろん、タイミングや伝え方に十分な配慮をすることは重要ですが、
  いくら頑張っても自分の実力の範囲内でしかできないし、 
  いくら頑張っても、所詮相手のあることですから、相手の受け止め方次第。

そもそもフィードバックは相手の成長を願う「愛」に基づいた行為のはずです。
相手がフィードバックの内容を受け止めることばかりを期待するということは、
その「愛」に対して見返りを求める行為なのだと気づきました。


フィードバックには、誤解や葛藤がつきもの。
 そんな割り切りがあると、また人生は少しラクになるかもしれません

学習を促進するフィードバック

昨日はトレーナー育成の研修でした。毎回この講座では、講師の私を含め全員
が先生、全員が生徒という感じの学習の場ができています。
研修講師として受講生の何かを是正したり価値を加えたいと思ったときに、
どのようにフィードバックするか?というテーマで話し合いました。

一晩たって、私のフィードバック観のようなものが、頭の中でまとまってきま
した。(最近朝おきると、考えがまとまっているんです…寝ている間も仕事
しているのでしょうか?)

私のフィードバックのイメージは、的の真ん中に矢を射るイメージです。
相手が一番欲しい視点、相手にもっとも価値を提供出来る点を見定めて、
そこに愛の矢をドキューンと放つイメージでしょうか。
ですから、フィードバックをする側も、心を静め、冷静に観察し、その瞬間を
見定めなければなりません。
具体的には次の3つに心がけてみます。

フィードバックの前のセットアップ(前準備)をすること
  これからフィードバックしますよ!というセットアップがあると、心の準備
  ができるので、人はフィードバックを受け入れやすくなります。
  セットアップは、フィードバックを受ける側の環境を整える、とても大事な
  プロセスだと思います。

パワークエッションによるフィードバック
  質問によるフィードバックはとても効果的です。ただこの時の質問は、その場
  に適した最適な効果を生む、パワフルな質問でありたいものです。
  的に向かっていくつかの質問で状況を絞り込み、最後に的の中心めがけて
  パワークエッション。
  この方法が最も学習につながるような気がします。私は一番好きです。

場の力を借りたフィードバック    
  的の真ん中が見えない時は、場の力を借りることにしています。
  私に見えていることが、他の受講生にはどう見えているかを、素直に場に問う
  てみる。「私にはこう見えたけど皆にはどう見えた?」
 
 そして、最後に
 「私のフィードバックは役に立っていますか?」
 と聞くことで、漸くフィードバックという仕事は終わります。


フィードバックのスキルは、
「学習を深めたい」「成長したい、成長を促進したい」という場においてはとても
重要。リーダー必携のスキルだと思っています。トライ&エラーを繰り返し
ながら磨いていったその先に、とてもエコな世界が待っています。


フィードバックの受け方

皆さんはフィードバックを受けるのは好きですか?
多くの人は、自分の成長につながるフィードバックは欲しいけれど、いやな
フィードバックは受けたくない、と答えるでしょう。

私が7、8年前に某コーチングスクールでクラスリーダーをしていた時のこと。
そこのフィードバックシステムはすごいです。

1クラスが終わると受講生全員がウェブにクラスリーダーへのフィードバックを
書きます。クラス終了後クラスリーダーは当然それを見ることになるのです。
9割くらいの肯定的フィードバックに、1割位、耳の痛いフィードバックが混じっ
てくるのです。進め方が早い、質問にきちんと答えてくれていない、思いやりが
感じられない、などなど。
えー、そんなこと言われてもぉ、という思いと戦いながら毎回そのフィード
バックを見るわけですが、これがとても自分の学習になりました。

自分はそういうつもりではなくても、相手にはそう見えたのだ、ということを
受け止めるには恰好のトレーニングになったのです。
ウェブを使ったこのフィードバックシステムは、クラスリーダーを育てる素晴
らしい仕組みだったと思っています。

このことを振り返ってみて、私の中で生まれた学習は次の二つです。

フィードバックを鵜呑みにして言うことを聞くだけだったら、いたづらに自分を傷つ
けたり腹をたてりたり、自信をなくしたり、迷ったりするだけです。フィードバックの内容
から、自分の経験を振り返り、自分の成長に役立つ視点を見つけることが大切。
時として時間がかかっても、このことをしっかりやらないと仕事は楽しくなりません。

フィードバックをする側としても一つの教訓を導き出せました。
 「上司」や「教える人」がワーワーコメントしたり、フィードバックするより、現場の
声や現場で起きていたことは何倍も説得力があるということ。


フィードバックについてつらつら考えている最中に鳩山総理の退陣表明がありました。
「日本の国民は聞く耳を持たなくなってしまった」という言葉に違和感を感じていま
した。もしかして、「日本の国民は私の言うことを聞いてくれなくなってしまった」
という意味でしょうか?これならわかるんだけど・・


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