経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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そして○○になる

この、○○には、
親、母、父、リーダーといった言葉を入れたいと思います。

大昔のことですが、課長になりたての私を「課長」にしてくれたのは、他でも
ない、私を信頼してついてきてくれた部下たちでした。
未熟な私を「親」にしてくれたのは、私の子供たちでした。
いつの世でも、リーダーをリーダーにするのは、フォロアーたちです。

親だから、リーダーだから、課長だからと一人で気ばったり力んだりするより、
それらが、関係性によって作られるのだ、ということを知っていたならば、
過去の私はどのように行動していただろうか?
現場のリーダーたちは、どんな風に変わるだろうか?
   
ふと、そんなことを考えてみました。
近いいうちに、現場のリーダー達に問いかけてみたいと思います
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中立であること

ファシリテーターには、中立的な立場をとることが求められています。
何度も使っているこの「中立」という言葉ですが、最近になってこの言葉の持つ
意味が気になり始めました。

中立という立場は、ファシリテーションの現場だけでなく、日常の生活の中でも、
必要になる時がやってきます。
私自身、過去に何回か紛争の調停にはいり、中立的な立場で紛争を解決した経験
があります。しかし、その時の自分は、本当に中立的な立場であったのか??
と、問われると、どうなのだろうか?自分は中立的立場を取ったつもりだけれど
周囲からはそう見えない時もあるのです。

広辞苑を引くと、「中立とは、いずれにも偏らずに中正の立場をとること」と書
いてあります。

「いずれにも偏らず」とは、どういうことなのでしょうか?
「いずれにも偏っていない」ということを、どうやって知ることができるので
しょうか?

しばし悩んだ末に、出た結論は次のようなものでした。

いずれにも偏らないためには、いずれにも偏っていないと判断している自分が
見えていなければなりません。そのためには、自分の思考や判断を様々な角度
から何度でも振り返って、中立であったかどうかを確かめることも大切です。

振り返りをすることの意味は、この「自分を見ている自分」に出会うことなので
はないだろうか?

夜になって秋風がそよぎ、庭で鈴虫が鳴いています。
過去の苦しかった紛争の調停という経験を思い起こしながら、「中立」という
キーワードから何かを学べといわれているように感じたのでした。

これが私流

1998年に独立してからというもの、実に沢山の本に出会いました。
中には、これは絶対にものにしたい!と強く惹きつけられる本があります。
そういう時、私は、その本のダイジェスト版をつくるのです。
何日も何日もかけて、キーメッセージとなる個所をワードで打ち込み、小さな
私だけの小冊子にするのです。

ちなみに、これまでにそんな風にお付き合いした本達とは・・・

 不満の管理  (Y先生にお借りした古い本ですが絶品でした。現在絶版)
 組織行動のマネジメント 高木晴夫訳 
 行動科学の展開 ハーシ&ブランチャード 
 学習する組織-5つの能力 ピーター・センゲ
 そして、今手がけているのが、
 あなたのための社会構成主義 ケネス・J・ガーゲン 

こうしてみると、やはり私は人と組織に興味と関心が向いているようです。

こういった本達に出会っている時の私は、
完全にその本に没入してます。
謙虚にその本に教えを乞うています。
熱く熱くその本に恋しています。


ダイジェスト版にしたあと、どうなるかって?
ただダイジェスト版を作ったというだけで、何にも利用しません。
しかしダイジェスト版を作った本達は、しっかり私の中で息をし始めるのです。
これが私流の勉強の仕方。

さあ、「あなたのための社会構成主義」も最終章まできました。
今週中になんとか終わりそうです。

はやく私の中で息づいてください!
私が何かを生み出すのを手伝ってください!
あなたと一緒に、私のオリジナルを生みだす日が楽しみです。

足しもせず引きもせず

鎌倉在住のY先生。最近鎌倉検定のために、いろいろ勉強しています。
先日、どこかの禅寺で聞いてきたこんな話をしてくれました。

 座禅中に、色々な雑念が浮かんできたら、浮かんできたなあ、とただやり過ご
 すことが大切。「その時浮かんできたことに、何も足しもせず何も引きもし
 ない」ってことらしいよ。

足しもせず引きもせず

なんと、素敵な言葉でしょう♪
私はこの言葉に惚れました。

私達は何かを見る時に、何かを足したり引いたりして物事を見てしまいます。
私達は何かを振り返る時にも、何かを足したり引いたりしています。

足しもせず引きもせず
  あるがままの何かを見ること
  あるがままの何かを振り返ること
  あるがままの自分を見ること
  あるがままの自分を振り返ること

こんなことが当たり前に出来るようになったら、人生はもっとシンプルになりそ
うです。

足しもせず引きもせず

しばらく、この言葉と一緒にいたいと思います。

矛盾に気づく

これは、中国の故事にある話です。
 この矛は鋭いのでどんな堅い盾でも突きつき通すことができる
 この盾は堅いのでどんな鋭い矛盾でも突き通すことはできない
 ならば、この矛と盾で戦ったならどうなるのか?


先日ある人と話していて、自分の言動の中に、大きな矛盾があることに気づいて
しまいました。

彼女は、「人のために何かをやってあげる」ことが大好きです。何かをやって
あげることで、‘いい人’として大いなる満足感と自分の存在価値を味わえる
のだと思います。しかし、時と場合によっては、それはおせっかいになったり、
余計なお世話になったりするわけで、必ずしも感謝されるとは限らず、時とし
てネガテイブな反応に出会います。すると、「人の気持ちを知らないで・・・」
とがっかりしたり怒ったりするわけです。

こんな‘いい人ゲーム’を何度も繰り返す彼女に向かって、私は言います。
 ●自分でやったことが原因で、そういう結果が戻ってくるのだから、原因を
  つくらなければいいんだよ。

同じ彼女が、私に何かとアドバイスを求めてくる時、私は彼女に言います。
 ●最終的には自分で考えて行動するしかないよ。

先日、懲りもせずに‘いい人ゲーム’に敗北して、打ちのめされていた彼女と
話しました。
私は彼女に、「何故そんなことをしたの?」と聞きました。
彼女は私に、「だって、いつもあなたは最終的には自分の思う通りにやれと言
      うじゃない」

・・・たしかに・・・・一瞬言葉を失いました。
私は、彼女なりの「正しさ」を理解したのでした。

同時に、私自身が彼女との間で繰り広げているゲームにも気づきます。
相変わらず私は、教えたがりで、説教グセが強くて、答えを与えたがっていて、
そして自分の思う方向に物事が進まないと、苛立つ。名付けて’説教ゲーム’

自分の中にある矛盾は、様々なゲームを生み出しているように思います。
こうして日常を振り返ると分かったつもりになっていたことが、何一つ
出来ていないことに気が付きます。しかし、ガッカリするのはやめましょう。
出来ていない自分を経験できたのですから、そこから駒を先にすすめるのみ。

自分の言動にある矛盾に気づいた時、私達はまた一つ学習が進みます。

気付いたら一歩一歩、ゆっくりゆっくり、
同じ道ではなく、よりよく変わる道を探したいと思います。

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