経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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ピーク・エンドの法則

朝日新聞の土曜日版コラム‘勝間和代の人生を変える「法則」’に目がとまり
ました。今回のテーマは‘クライマックスとエンデイングが記憶をつくる’
です。

以下引用です。

この法則は、経済学と認知科学を統合した行動経済学の分野を確立し、ノーベル
経済学賞を受賞した経済学者、ダニエル・カーネマンが1999年に提唱したもの。
 ―中略―
私たちの記憶は、最高潮に盛り上がった「ピーク」の時と、最後の「エンド」の
時に、それぞれどのくらい楽しい経験があったがで塗り替えられてしまうという
ものです。

良い記憶を残すためには、ピークとエンドの演出が大事・・・というようなことも
書かれていました。

なるほど・・・・

行動経済学という分野があるんだ・・・
相手の記憶にとどめたいと思えば、こんな工夫も出来るんだ・・・
などと思いをはせているうちに、一つランプがつきました!

私たちの記憶の倉庫に格納されている膨大な量の経験も、きっとこのピークとエンド
の順番に格納されているにちがいない!

そう思い始めると、なんだかずっとモヤモヤしていた最近の出来事を思い出しました。
なんとなく後味の悪い終わり方をしたお仕事のお付き合いがありました。
とっても楽しかったときもあるのに、なんとなく終わり方がまずかった。
そうか、このモヤモヤも「ピーク」の楽しさと「エンド」のまずさが原因か!

過去のいろいろな経験を検証してみると、あります、あります。結構このパターン。
「終わりよければすべてよし」と言うように、「エンド」は大事ですね。

さて、自分の中で作ってしまった「ピーク」や「エンド」の記憶は変えられないの
でしょうか?
いえ、きっと変えられると思います。

自分の中で、その経験を振り返って新たな意味を見つければいい。
まだ間に合うのなら、「エンド」でやり残したことをやればいい。

経験に意味をつけるのは自分です。
経験を作るのも自分です。

「ピーク」と「エンド」の記憶をじっくり振り返ってみると、また違う景色が見えて
くるかもしれません。


実際のわたしたちは人生の時間軸を戻ったり進めたりできませんが、私たちの脳は、
「経験を振り返る」ことで、仮想の時間軸を使って、私たちの記憶そのものに意味を
与えたり、塗り替えたりしてくれるのだと思います。

「振り返る力は記憶を書き換える力」といったら言い過ぎでしょうか?




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経験学習ー感動の体験談ー

リーダーシップ開発研修での出来事です。

「リーダーとして大切にしていること」を語ってもらいました。

自分が大切にしていることは次の3つです。
   一つ目は~です。なぜならば~だからです。
   二つ目は~です。なぜならば~だからです。
   三つめは~です。なぜならば~だからです。
こんな簡単な枠組みだけを示して5分間で語っていただきます。

あるマネージャーが言いました。
 「自分は、今でも時として心が折れそうになってしまいます。しかしそんな時に、
  努めて心を強く持ち、前向きな気持ちに切り替えるようにしています。」


思わず質問をしました。
 「そう思えるなったのは、どんなことがきっかけだったのですか?」

そのマネージャーは言いました。
 「以前、私は目標が達成できず、苦しくて、心が折れてしまい、何もかもがいやに
 なって投げやりになったことがありました。その時、一緒に苦しんでいた私の部下の
 心が折れてしまったのです。心が折れた部下をみて、私は自分がリーダーとして
 強い心をもたなくてはいけないのだと思い知ったのです」


彼女の苦しい経験からの学習でした。
心が震えました。
真実の経験から学びとった学習には説得力があります。

私が現役(サラリーマン)時代にY先生にいただいた言葉を思い出しました。
リーダーよ、Be tough minded!







経験を磨くための’時間’という贈り物

自分の経験の中で、思い出したくないことってありますか?
蓋をしておきたい事はありますか?
私にもそんな経験が山ほどあります。

●自責の念に駆られる経験
   なんであんなこと言ってしまったのだろう・・・
   なんであんなに腹がたったんだろう・・・
   なんていやな母親だったんだろう・・・
そんな経験でも、経験は経験。経験を磨いてみませんか?
   あの時の私がいたから今がある
   あの時許してくれた友がいたから今がある
   あの時突っ張ってくれた我が子がいたから今がある

●ひどい目にあった経験
   私の誠意を、怠慢と我儘で握りつぶされた・・・
   私の努力を、力と無神経で踏みにじられた・・・
   私の親切を、無関心と無頓着で返された・・・
そんな経験でも経験は経験。その経験も磨いてみませんか?
   ひどい目に会ったのは自分だけ?
     (自分もその出来事の一部分なんだよ。)
   自分はそこから何を学んだの?  
     (自分がそんな経験を呼び寄せたのかもよ。)
   経験の中には自分もいたはず。そうなった必然があったはず。

●どうにもならなかった大変な経験
   なんでこんな目にあうのだろう?
   どうしてこうなっちゃたんんだろう?
  
経験を振り返るには、’時間ぐすり’が活躍する。
一日後でも一年後でも十年後でもかまわない。いつだって経験を磨くこと
はできる。
自分の経験を舞台にのせ、観賞し、振り返りながら、その経験が自分に
与えてくれた意味を考える‘時間’が私たちにはある。

経験したときの辛さや苦しさや悲しさや悔しさといった感情だけを抱えて
生きるのはつまらない。
癒されなかった経験や蓋をしてしまった経験は、とんでもないときに
呼び起されて、私たちの思考や感情をまどわせる。

経験は経験。ただそれだけ。そういうことがあったね、というだけ。
しかし、そんな経験に何かしらの意味を見つけると、経験は学習という
果実を伴ってよみがえる。

辛さや苦しさや悲しさや悔しさを癒せるのは自分だけ。
経験を磨けるのは自分だけ。
振り返りたい時が振り返る時。
それを学習に変えたいときが、学習に変わる時

経験を磨いてみませんか?
経験を磨くのも振り返りの力。
私たちに与えられた‘時間’は経験に磨くための贈り物。
経験を磨くことは人生を磨くこと。

経験を振り返る力

経験を振り返る時ってどんな時ですか?

私は、一番多いのは何かが上手くいかない時です。
次に多いのは、モヤモヤしている時。
もちろん悲しい時や幸せで感無量の時にも振り返ります。

誰かに話してうっぷんを晴らしている時や、愚痴ったり文句を言ったりしながら
話している時、振り返り(リフレクション)が起こるのは良くあることです。
振り返り(リフレクション)とは、何かの情報を得て、これまでの考えや感じ方
を再認識したり再解釈したりすることを言います。

振り返りは、そのことを意識する、しないに関係なくおこるものです。

●振り返る時間をとろう
私は経験学習に出会ってからは、振り返ることがとても大切だと思いましたから、
意識して自分自身の経験を振り返る時間をとるようになりました。

ある時はじっと目をつむって、ある時は音楽を聞きながら、ある時はお湯につか
りながら、「振り返る時間」を意識してとっています。
気持ちをリラックスして、自らに問いかけるのです。

 今、私に何が起きているの?
 今、私は何を怖れているのか?
 今、私は何を欲しているのか?


すると、「あ、そうか」と思える考えがわいてきて、モヤモヤが晴れたり、
つっかかっていたものがとれたり、なんとも爽快な気分になるものです。
しこっていた感情がときほぐされ、感謝の気持ちが生まれたり、安堵感に
包まれたりすることもあります。

●うまくいかなくても大丈夫
しかし、振り返ることが、なかなか上手くいかない時があります。
   
   だって ・・・ だから
   どうせ ・・・ だから
   結局 ・・・  だから

と、同じところを堂々巡りしてしまったり、言い訳ばかりの頭のおしゃべりが続い
たり、なかなか感情がおさまらないというような時です。

最初のころは、それでも頑張って振り返ろうとあがいたものですが、最近は、
「今はダメだ」とスッパリあきらめることにしました。
努力してもダメな時はやめる、というのが今のところ一番簡単で気に入っている
戦略です。

なぜ気に入っているかというと・・・
振り返ろうと意識していることについては、その時はダメでも、時として朝目覚めた
ときに、時として全く異なる経験をしたときに、急に答えがやってくるとわかったら
です。

大切なのは
  このことについて振り返ろうと思うこと。
  見ないふり、気づかないふりをしないこと。
  感情を閉じ込めておかないこと。
  決めつけてしまわないこと。


振り返る力は、人が皆持っている力。
振り返る気持ちを強く持ち、自らに問いかければ、答えはある日ある時、ギフトのよう
にやってくるのだと思います。




経験学習と時間軸

一般的な学習では、カリキュラムやプログラムというような時間軸の中で学習が
行われます。また本を読む、CDを聞くという場合でもある一定の時間の中で
学習をしているわけです。

では、経験からの学習においては時間軸をどう考えたらいいのでしょう。
経験してから学習までの時間てどのくらい?

●もっとも短い時間での経験学習
何か行動している最中に、ふと振り返りがおきて即座に自分の行動を修正している
というケースです。ドナルド・ショーンという学者は、その著書「The Reflective
Practitioner:専門家の知恵(ゆみる出版)」の中でこうした行為の最中の気づき・
振り返りをreflection-in-action と呼びました。
行動したことについての振り返り(reflection-on-action)は、私たちの通常の振り
返りですが、それに比べると、気づいてその場で行動を修正できるので、失敗を
未然に防いだり、新しいアイデアをその場で試せたり、その場で何かを改善できる
ため、この種の振り返りが素晴らしいことは言うまでもありません。
 
ショーンは、有能で経験を積んだ専門家は、行動の中での振り返り(reflection-
in-action)
を自分の実践のごく普通の一部として利用していると言っています。

今、自分が身を投じている経験から瞬時に学習する力。
どうしたらそのような力がつくのでしょうか?


●もっとも長い時間での経験学習 
臨死体験をした人の証言ですが、人は死んで魂が肉体を離れると、自分の人生を
短い時間で全部見せられ、そこで人生の振り返りをするというようなことを本で
読んだことがあります。

へー!人間は死んだ後に、自分の人生を丸ごと振り返るというプロセスがあるんだ!
神様もやるじゃないか!  と変に感心したことを思い出しました。

私たちの経験の一瞬一瞬から私たちの人生丸ごと経験学習サイクルが回っていると
すると、この経験学習って何者??
また私の考えたい虫が騒ぎ始めました。



経験学習の原動力

一生懸命変化しようとする力って、すごいと思いませんか?

人は皆、自分で自分のことを変える力をもっています。
しかし、なかなか自分で自分を変えることは難しい。
一生懸命経験して、一生懸命振り返って、一生懸命考えてきた私を、
私は可愛いのです。
それだけ自分の中での出来事、自分の中の経験は大切なのです。

その出来事や経験、そして生み出された考え方を、時として全否定してでも
変化すること、それが「自分で自分を変える力」
その素晴らしい力を発揮している人は素敵です。

持てる力を存分に使っている姿も素晴らしけれど、自分の考え方を変化させ、
自分の持っていない力を創りだす人の姿って、もっと素晴らしい。
私は何度もその姿を見ました。

例えば、私の担当する講座での出来事。

自分の殻を破らなくては手に入らないスキルを目の前にしたAさん。
自分のもてる考え方やスキルを封印して、全てを講座の要求するスキルに
合わせてきました。

その結果手に入れたものは?

講座の要求するスキル + そもそもの自分のスキル
                 = 講座の要求する以上のスキル


こういう人に出会いたいために、私は仕事をしています。
こういう人に出会うことが私の喜びです。
こういう人に出会うことで、私は学習します。

変わりたい!と思う気持ちは、それにふさわしい経験を引き寄せます。
変わりたいという気持ちは、周囲にとてもよいエネルギーを発します。
変わりたいと願う気持ちは、周囲を皆取りこんで応援者に変えていきます。

 変わりたいという気持ちは、経験学習の原動力なのだと思います.
   変わりたいと思う人のエネルギーは美しいです!!



「経験」を話そう

一般的な学習では、私たちは先生の講義や本などから学びます。
しかし経験学習では、「経験すること」「経験したこと」から学ぶわけですから、
「経験」をどうとらえるか、それをどう表現するかがとても大事です。
セミナーなどで、「3分間で最近あった印象的な経験について話してください。」
とお願いすると、人によって話し方にいろいろな特徴が出てきます。


「えーっと、最近我が家に子犬が来ました。それと・・部署が変わったので毎日
残業が続いて忙しいです。それから・・・ちょっと太りました」


こういう話し方の人は、本人の中で起こっている事柄だけを言葉に出しているの
です。

最近我が家に子犬が来ました.子供にせがまれて買った子犬ですが、これが
とても可愛いのですしかし、丁度自分の仕事が部署が変わって忙しくなって
しまったので、子犬と遊ぶ時間が少なくてちょっと残念ですおまけに、
仕事が遅くなるので、ついつい外食が多くてちょっと太ってしまいました


と話してくれると、いくつかの事柄が物語(ストーリー)として、その背景や
意味がリアルに伝わってきます。

もしご自分の話が「事柄」中心だなあと思ったら、「事柄」の前後にある自分の
気持ちや考えをつけ付け加えて話してみませんか?
起承転結をもって話をくみたてよう! なんて難しく考えなくて大丈夫。

気持ちや考えを言葉にすることで、自分の中の経験がとっても豊かになって
くるはずです。また、聞く人にとっても、その人の人柄や考えなどがストーリー
として伝わってくるので、とてもわかりやすいし、親近感も増すでしょう。

もし相手が「事柄」しか話していないと思ったら、質問してみましょう。
質問することで、相手の経験を豊かに引き出すことができるのです。

  「えっ、それっていつ頃のことですか?」
  「へえ、どんな感じなんですか?」
  「なんでそう思うの?」

「事柄」だけでなく、「心」と「頭」と「体」を総動員して経験を語ること。
「心」と「頭」と「体」を使って他者の経験を聞いてみること。

無機質だった経験の話しが色彩を帯び、躍動感あふれる経験の話に変化する
のではないでしょうか?

経験を見つめる動体視力を高めよう!

今日のあなたは、今日の経験から何を学習しましたか?
  それは、あなたにとって、どんな意味を持っていますか?

私たちの人生はひとつひとつの経験の積み重ね。
この膨大な経験を、どんな風に積み重ねていきますか?

その積み重ね方に、「自分のパワーを高める積み重ね方」があるとしたら・・・
その積み重ね方に、「自分のパワーを奪う積み重ね方」があるとしたら・・・
その積み重ね方に、「人生を切り開く積み重ね方」があるとしたら・・・

経験学習は、私たちにこんなことを問いかけているように思います。

今日のあなたは、どんな仕事をしましたか?
  それはあなたにとって、どんな意味を持っていますか?

収入を伴う、伴わないに関わらず、私たちは何らかの仕事を毎日しています。
その仕事の積み重ねがキャリアを形成するのだとしたら、その積み重ね方
によって、キャリアも異なってくるでしょう。

今日のあなたは、チームの中でどんな行動をとりましたか?
  それはあなたにとって、どんな意味を持っていますか?

今日とったチームの一員としてのあなたの行動は、チームの経験としてしっかり
残っています。その積み重ねが、あなたのチームを形成するとしたら、その
積み重ね方によって、チームは変わってくるはずです。

経験から学習するには、自分の一瞬一瞬に目を向けることが大切です。

こんな忙しい時代だからこそ、こんな不確実な時代だからこそ一瞬一瞬が大事。
自分の経験をきちんと見つめ経験を見つめる動体視力を高めてみませんか。

’仕事が出来る人’の経験からの学習力

いきなりですが・・・
自分の周りにいる‘仕事ができる人’を5人あげてみてください。

どんな人の顔が浮かびましたか? 
その人たちは、どんな特徴を持っていますか?

私のイメージの中にある‘仕事ができる人’は次のような特徴をもっています。

 ・失敗を恐れず、常に挑戦する気持ちと行動力を持ち続けている
 ・転んでもただでは起きない(失敗から学んでいる)
 ・成功したことをすぐに日常の仕事に落とし込んでいる 
 ・何かと何かをつなげて新たな考えを創りだすのが上手
 ・直感やヒラメキに助けられている
 ・自分軸がしっかりしている
 ・一歩下がって状況を観察することができる
 ・あきらめず、粘り強く物事を達成する

こういう能力って、どうやったら開発できるのでしょうか?

個人の資質だから、1人1人に任せるしかない・・・
経験学習に出会うまでは、私はそう思っていました。
しかし、今は違います。
経験から学ぶ力を開発していけば、上記のような能力は開発出来ると思える
ようになりました。

 経験からより良く学ぶ‘学び方’を学べばよいのです。 

この学び方を、コルブの経験学習サイクルでは、次のように説明しています。
①具体的経験 ⇒ ② 省察的観察 ⇒ ③抽象的概念化 ⇒ ④実践的試み

つまり自らの経験(具体的経験)について深く振り返り(省察的観察)、
そこから自分自身の新たな考え方を持論として生み出し(抽象的概念化)、
その考えをもとに新たなチャレンジをする(実践的試み)

私たち社会人の学習は、そのほとんどが仕事という経験の中から醸成されると
言われています。‘仕事ができる人’は、仕事という経験を通してそこから
の学び方が上手い人なのだと思います。

これらの能力をどうやったら開発できるのか?
私自身、ここ数年間、ずっとそのことについて経験を積み重ねながら学習を
してきました。
これから、そういったことについても少しずつブログで書いていこうと思って
います。

一流の人の’経験する力’

昨夜寝る前に、何気なくテレビのスイッチを入れました。
そこには4月30日、WBC世界タイトルマッチで11回目の防衛戦に敗れた
長谷川穂積さんへのインタビューが映し出されていました。
ノックアウトのシーンが映し出され、負けた時のことを話す長谷川さん。

次の言葉が私の目に、耳に飛び込んできました。

「負けを経験したので、今日の俺は昨日の俺より絶対強いんですよ。」

一流の人って、やはりすごい。

私はボクシングのことは分からないけれど、負けた次の日にこう言える
人ってホントにすごいと思います。しばらく感動がおさまりませんでした。
彼は、負けた後、しばらく呆然としていたけれど、控室に来た家族を見て、
自分が本当に負けたんだという現実を受け止めたと言います。
そして、人前では決して泣かないと決めていたけれど、心から泣けたと
言っていました。

Openness to experience て、こういうことなんですね。

経験を受け止めるって、時には辛いし、痛いし、時には悲しいし、悔しいし。
それをきちんと味わって、心から泣いて、心から怒って、

そして、何かを手放すことかもしれません。
その先に、初めて次へのチャレンジが生まれるのでしょう。

今更ながらに経験を受け止めることの素晴らしさ、経験を受け止めた人の強さを
感じました。

一流の人には一流の理由があるんだと思い知った一日でした。
はあ~ すごいです。
                              

経験する力(2)

仕事に向かう途中での出来事です。

ある日、私は山手線に乗ろうとホームで電車を待っていました。
すると、両手に松葉杖をつき、おまけに両手に荷物を一杯持った初老のおばあさんが
私の前に立っていました。
え~、この人無事に電車に乗れるかしら・・・と心配な私。
しかも電車とホームの間は20~30センチも開いています。

いざ電車が来てドアが開き、目の前の老人がいかにもぎこちなく電車に乗り込もうと
しています。思わずホームに落ちないようにと、腰のあたりに手をやる私。

とその時です。
「触るんじゃねえ!」と大声で怒りあらわに振り向いた老人の顔。
  あ、男の人だったんだ。
  あ、驚かせてしまったんだ。
すぐに「ごめんなさい」と謝った私。

その後何事もなかったかのように彼は座席に座り、私は吊革につかまって立って
いました。たったこれだけの体験ですが、不思議だったのは自分自身がこの時
とても平静でいられたこと。

その瞬間はびっくりしたけれど、ほんの数秒の間にとても冷静に状況を振り返る
ことができたのです。
  ・彼は、不自由な手足で命がけで電車に乗り込もうとしていたんだ
  ・後ろから触られて、びっくりしたんだ
  ・「あのお手伝いしましょうか?」と一声かけるべきだったんだ。
  ・驚かせてしまって本当に申し訳ないことをしたんだ 


以前の私だったら、赤くなったり青くなったり、恥ずかしかったり腹が立ったり
していたに違いありません。また多少なりとも心にショックを受けて、何日か
引きずっていたに違いありません。

Openness to Experience って、こんなことなのかなぁ、と思いながら、その時の
体験を話してみたくなりました。

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