経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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持論のライフサイクル

W杯サッカーで何かと注目を集める本田選手ですが、先日こんなやりとりを
耳にしました。(新聞に書いてあったのかもしれません)
’BIG MOUTH’と言われていることに対する本田選手の答えだった
と思います。

「大きなことを言っていないと、小さな自分が大きくなってしまうので」

ヒーローはすごいことを、実にさらっと言ってのけます。
なるほど・・そういう考え方もあるのか・・・と感心しました。
高い目標を掲げて世界を目指すアスリートならではの表現です。
人生のある時期、こんな持論をもって突っ走っている人って素敵です。

強い持論は、確かにパワーがあります。
物事を成し遂げたリ、人を成長させたり、感動させるパワーです。
本気でそう思い、本気でそう考えるから、そのように行動できるのだと思います。

その時、ふとこんな考えが頭をよぎりました。

   彼はいつまで、そう思っているのでしょうか?
   10年後の彼は何と言っているでしょうか?


強い持論は人を成長させるけど、その持論を書き換える時はかならず来るはずです。

ということは・・・持論にもライフサイクルがあるのだと思います。。

  何かを振り返り、自分の持論を打ち立てる時期
  持論に沿って行動し、経験を積みながら持論を育てていく時期
  自分の持論自身を振り返る時期
  持論を捨てる時期
  持論を書きかえる時期

経験学習って、もしかして持論の発達を促すもの??
持論のライフサイクルについて、いろいろ考えてみたくなりました。

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心と思考のデトックスしました

このところ、いろいろなことが重なり、少し疲れていました。
心も思考も、ついでに身体も疲れています。
ふと自分の周りを見ると、色々な書類がところせましと、とっ散らかって
います。

うーん、先に環境を整えようか、
それとも身体のケアをしようか、
それとも心と思考のデトックスをしようか・・・

まずは覚悟を決めてストレッチをして身体のケアをしました。
そして30分ほど瞑想をして、心と思考のデトックス

静かに呼吸に意識を合わせていると、だんだんと疲れていた心が元気になって
きます。そしてとっ散らかっていた心と思考が穏やかにまとまり始めました。

    

昨日は、3カ月4日間の研修の最終日でした。
めずらしく女性の受講生が多く、子育てと仕事の両立に奮闘している姿、キャリア
を模索中の姿、管理職として頑張っている姿、いろいろな姿がありました。
最終日ということで、1人1人に向き合う時間がありました。

目の前で話している人、それはいつかのあの時の私と同じ

そんな不思議な感覚がよみがえってきました。

  なんとなくゆるやかに、どこかでつながっている感じ。
  他人の中に自分を感じる瞬間。


最近、この感覚を感じることが多くなっています。
この感覚とともに、私の中に起こっている変化は、教えること、アドバイスを
することへの変化です。
「そういう時は・・・」と言いたいけど、同時に「自分だってそうだったじゃない」
という答えとともに、私の言いたい事が役に立つの?という問いかけが湧きおこ
ります。

この感覚って、結構気に入っています。
余計なレクチャーやアドバイスが減っているような気がします。ECOですよね。

30分の瞑想は、私にこんな振り返りをもたらしてくれました。
   これまたECOですね。
   ECOな人生をめざそうかな?
   皆さんも一緒にいかがですか?



そうだったの!

リーダーシップ開発研修での出来事です。
この会社ではコンサルタントとして経営会議等に出席しながら、社員さんの
能力開発をさせていただいています。

リーダーとしての自分の持論(リーダーとして大切にして常に実行していること)
を語ってもらっている時のこと。受講者の社員さんの話を聞きながら、私自身に
大きな振り返りと学習がおきました!

Sさんの持論:皆のお手本になることに心がけている。具体的には、どんなとき
       でも笑顔でいるようにしています。
Kさんの持論:いやなことがあっても、自分がネガテイブな表情をしてしまうと
       周囲のやる気も落ちてしまうので、そのように見えないように気
       をつけています。


私はおかしい時には笑い、嬉しい時には喜び、腹が立ったら怒るという単細胞
人間です。ですから、たくさん述べていただいた中で、この二つの持論が私には
ピンとこなかったのです。
  
   どんな時でも笑顔???  
   いやなことがあっても顔に出さない???
    
     それってできるの???

思考の混乱とともにちょっとした「混沌」に飲み込まれそうになったその時です。
ある会議の時のお二人の表情が、本当に鮮明にその時の状況とともに思いだされた
のです。

Sさんが、会議でのやり取りで苦境に立たされ、何とか弁明を終えたあとに、必ず
「ありがとうございました。次回にはきちんと報告いたします」と笑顔で言う姿。
Kさんが苦しい報告の後で見せる「僕は大丈夫!」と訴えかけるような複雑な表情。


これまでは、そんな彼らの表情に違和感を感じている自分がいたのです。

しかし彼らの持論を聞いて、私の中で、自分の価値観でしか見ていなかった世界、
見えていなかった世界が広がりました。彼らの持論を聞いて、心から彼らがいと
おしくなりました。良いとか悪いとかを乗り越えて、彼らを理解できたことに、
心からの喜びを感じたのです。
私の喜びはそのまま研修の場に広がっていきました。

リーダーシップ開発に経験学習を取り入れると、爆発的な学習が起こるような
気がしています。 これからが楽しみです

仕事への集中

私は仕事が大好きです。

今は人材開発の仕事をしていますが、その昔、私は某中堅企業の情報システム
の設計と開発を十数年やっておりました。
その中に、今でも忘れられない貴重な経験があります。

  
2年がかりの全社システムの立ち上げの責任者として頑張っていたころのこと。
システムの立ち上げは遅れに遅れ、プロジェクトは、これ以上は絶対に遅れられ
ないという修羅場を迎えていました。遅れの原因追究や犯人探しといった圧力で
プロジェクト全体が体力と気力の限界まで追い詰められていまときのことです。

立ち上げまであと2週間というとき、ソフト会社がある1人のSEをプロジェクト
に投入してきました。ユーザー側のリーダーの私に、何を頼んでも良いから彼を
自由に使って下さいと言うのです。そのSEは、立場の主張や理屈や理由など
一切口にせず、ただただ目の前の仕事に集中し、山積した問題解決を解決してくれ
ました。その時の助けられた感じ、有難かった気持ちがいつまでも消えません。
もし可能ならば彼にお礼を言いたい、という気持ちは何十年たっても消えません。
                             

人間関係で物事が上手くいかなかったり、ヘトヘトになったりすると、必ずよみが
えるこの記憶。いつもいつも私の心に宿っているこの経験。
私は本当に素晴らしい仕事って何なのか、彼から教わったのだと思います。

仕事への集中。素敵な響きだと思いませんか?
私は仕事に集中出来ている時が最高の幸せ。 
誰だって、いい仕事ができた時が一番幸せ。
仕事は私たちに喜びと成長をもたらしてくれるもの。


私はいつだって「仕事は楽しいよ」と言いたいのに、そんな言葉が空疎に響いてしま
う時があります。
恐れや不安からくる防衛反応、怒りや無関心が生む分離、何かを守るための執着や
逃避が蔓延してしまう仕事の現場。
状況が複雑で困難であればある程対話が求められているのに、状況に埋め込まれて
しまうと身動きが取れなくなってしまう私たち。

そんな状況を打開したくて、人材開発の仕事を選んでいるのかもしれません。
どんな時でも私の中にあの時の経験は息づいています。
素晴らしい経験って、大切ですね


チームの勝利

カメルーン戦勝利!
いや~興奮しました。日本代表、おめでとう!!

1人1人がいい仕事をするって、こういうことなんですね。
1人1人がいい仕事をすると、全体のエネルギーが作用して、運を引き
寄せるようです。

1+1+1が3より大きくなるのは、そういうことか!
と、わけも分からず納得した試合でした。
これぞ、チームの力!!!

日本代表チームにスイッチがはいったような、今日の試合でした。


チームの経験学習

今夜はサッカーW杯初戦のカメルーン戦です
夜遅くなりますが、TVで応援しようかなと思っています。

そんな矢先、今朝の朝日新聞にこんな記事が・・・

 見出し:今夜カメルーン戦 選手だけで議論1時間「腹割った」
チームという生命体が脈打ち始めたのは5月24日。韓国に0―2で完敗
した夜だった。
夕食後の会議室で全員がいすを輪に並べてサッカー観をぶつけ合えた

(内容は簡略化してありますが・・・)
                                 
一流の人の経験学習力いついては、以前書きましたが・・・
http://keikengakushu.blog2.fc2.com/blog-entry-10.html

一流の人でも協働するのは大変なんだな~と素直な感想を持ちました。
チームがチームとして動きだすのは本当に大変。技術や戦略とは別のとこ
ろで、チームとして機能するための学習が必要なのだと改めて思う次第
です。

●チーム学習とは
学習する組織で一躍有名になったピーター・センゲは‘フィールドブック 
学習する組織(日本経済新聞社)’のチーム学習の章で次のように言っています。

<以下引用>
・なぜ一人ひとりのIQが120を超えていても、チーム全体ではIQ85の力しか
 発揮できないのか。チーム学習は、このパラドックスに立ち向かう。
・チーム学習が大切なのは、現代の組織では、個人ではなくチームが学習の
 基礎単位だからである。チームが学べなければ、組織は学ぶことができない。
・チーム学習は「ダイアログ(対話)」で始まる。ダイアログは、メンバー同士が
個々のメンタルモデルを保留して「共同思考」に入るために必要なプロセスである。


チームでの経験をチームが共有し、振り返る中で次の戦略を練って実行する、
そんなチームの経験学習は一見当たり前のことのようにも見えます。
しかし一人一人が優れていればいるほど、それぞれの持論も主張も強いはず。
そんな中で、どれだけ個々の価値前提や前提思考をその場に出し合い、個として
の主張を持ちながらも他者の主張にも耳を傾け、全体として機能するための術を
見いだせるか?が問われてるのかもしれません。

新聞を読む限りでは、日本代表チームでの対話はまだまだ続きそうです。

日本代表に上り詰めてきた1人1人は、きっと個人の経験学習力には長けている
はず。何かしらのきっかけがつかめれば、一気にチームとして機能し始めるかも
しれません!

そんな期待を持ちながら、今夜のカメルーン戦を応援したいと思います


振り返りの深さ

昨今、振り返ることの重要性があちらこちらで言われ始めています。
振り返ることはとても大切。
とくに変化の量と時間速度が速まっている今、

自分の経験を振り返って、一つ一つ消化し、肥やしにしていける人と、
自分の経験を整理できないまま、状況に翻弄されていく人では、
仕事の質にも、生活の質にも、大きな違いが出てくるのではないでしょうか?

一言で振り返るといっても、振り返りには深さがあるのです。今日はその
振り返りの深さと学習の関係について書いてみたいと思います。

メジローという学者は、振り返りには3つのタイプがあると言っています。
                         (1981 Mezirow)
1)出来事や物事、コンテンツ、結果についての振り返り
  これは、実際の経験それ自体について考えることです。

  今日の会議のことを振り返ってみて、生産的だったとかつまらなかったとか
  振り返ったりすることはよくありますね。

2)プロセスの振り返り
  一歩深まって、その経験の扱い方、問題解決の方法について考えること

  今日の会議を振り返り、なんでこんなに生産的だったのだろう?そうか
  いつもと違う人が司会したからだな、、、どこが良かったのだろう?
  などと、結果につながるプロセスについても振り返ることです。

3)仮説の振り返り
  経験や問題について長い間抱き続けた前提・信念・価値観を吟味すること 

  そもそも、生産的でない会議を、何故自分は変えようとしないのだろう?
  何故この会議に出ているのだろう?
  この場合、「そういう会議にでている自分」の仮設を振り返っているのです。

この3つ目の振り返りが 批判的振り返り(critical-reflection)とよばれ、意識変容
の学習につながっていくとメジローは説いています。

  (※「批判的」といっても,必ずしも 対象の欠点を指摘するといった否定的な
     意味ではありません。)

振り返りが起きて、そこから自分なりの持論を引き出すことで何かしらの学習に
つながるわけですから、振り返りの深さが深いほど、深い学習が生まれるに
違いありません。


前回のブログで、持論化のジレンマについて書きました。
強固な持論を崩してよりよく発展させるには、この「仮説の振り返り」が役に立ち
そうです。

さて、この振り返る力はどうやって磨いたらよいのか??
 
  私もずっと取り組んでいるこのことを、今度紹介したいと思います。

持論化のジレンマ

経験を深く振り返り、そこから自分なりの考えや教訓を引き出すことを一般的概念化
(持論化)と呼びます。次のステップである「実践的試み」につながる大切なプロセ
スです。

私たちが日常何気なく行っている問題解決では、往々にして、この振り返りと持論化
のプロセスを飛ばし、解決案はかりを考えてアクションをとってしまいます。
このような、泥縄式、その場しのぎの問題解決では成果が出ないばかりか、活動のエ
ネルギーまで奪ってしまうので、やはり深く振り返って問題の本質を見極め、その場
に即した持論を創りだすという力は重要だと思います。

●強化された持論

作られた持論にそって行動をし、成功の体験を重ねると、この持論はどんどん強化さ
れていきます。この強化された持論が、ときどき私たちを困らせるのです。
持論の軸が強固になってしまうと、自分の持論を判断軸として、全ての物事をとらえ
てしまったり、自分の持論が可愛すぎて「人の意見が聞けない人」になってしまう
危険をはらんでいるのです。

私にも、その昔システムエンジニアをやっていた時代に培ってきた持論がありました。
「小さなミスでもそれが起きた根本の原因をつきとめないと、必ず大きなミス
につながる」
というものです。
一見正しそうな持論です。
しかし、この持論の裏側には完ぺき性を求めてやまない自分や、人のミスを徹底的に
追及する自分が育っていたのです。自分にも他人にも批判的な自分がいました。
いやはや、こんな自分から抜け出すのは大変でした・・・
(今でもまで抜け出していないよ!と思われる皆さん、この場をお借りしてあやまり
ます。細かすぎてごめんなさい)

こんな自分と向き合うのは大変。聞くも涙、語るも涙の物語です。お陰さまで今は
超いい加減な方にぶれております。

●持論化のジレンマ

経験を振り返り、自分の持論の軸を太くしていく過程の中で、
強化された持論は信念としてその人の人生を支える軸にもなるけれど、 
固定観念としてその人の可能性を制約してしまう。

持論化は大切ですが、こんなジレンマも含んでいます。

皆さんの持論、どうですか?
一度、自分の持論を棚卸してみませんか?

フィードバックの受け方

皆さんはフィードバックを受けるのは好きですか?
多くの人は、自分の成長につながるフィードバックは欲しいけれど、いやな
フィードバックは受けたくない、と答えるでしょう。

私が7、8年前に某コーチングスクールでクラスリーダーをしていた時のこと。
そこのフィードバックシステムはすごいです。

1クラスが終わると受講生全員がウェブにクラスリーダーへのフィードバックを
書きます。クラス終了後クラスリーダーは当然それを見ることになるのです。
9割くらいの肯定的フィードバックに、1割位、耳の痛いフィードバックが混じっ
てくるのです。進め方が早い、質問にきちんと答えてくれていない、思いやりが
感じられない、などなど。
えー、そんなこと言われてもぉ、という思いと戦いながら毎回そのフィード
バックを見るわけですが、これがとても自分の学習になりました。

自分はそういうつもりではなくても、相手にはそう見えたのだ、ということを
受け止めるには恰好のトレーニングになったのです。
ウェブを使ったこのフィードバックシステムは、クラスリーダーを育てる素晴
らしい仕組みだったと思っています。

このことを振り返ってみて、私の中で生まれた学習は次の二つです。

フィードバックを鵜呑みにして言うことを聞くだけだったら、いたづらに自分を傷つ
けたり腹をたてりたり、自信をなくしたり、迷ったりするだけです。フィードバックの内容
から、自分の経験を振り返り、自分の成長に役立つ視点を見つけることが大切。
時として時間がかかっても、このことをしっかりやらないと仕事は楽しくなりません。

フィードバックをする側としても一つの教訓を導き出せました。
 「上司」や「教える人」がワーワーコメントしたり、フィードバックするより、現場の
声や現場で起きていたことは何倍も説得力があるということ。


フィードバックについてつらつら考えている最中に鳩山総理の退陣表明がありました。
「日本の国民は聞く耳を持たなくなってしまった」という言葉に違和感を感じていま
した。もしかして、「日本の国民は私の言うことを聞いてくれなくなってしまった」
という意味でしょうか?これならわかるんだけど・・


経験学習を促進するフィードバック

皆さんはどんな時にフィードバックをしますか?
そのフィードバック、相手はどのくらいを受け入れています?

フィードバックとは、「結果」として得られる情報を原因側に戻してやること
 
例えば、軍事訓練で、目的地点めがけて大砲を打った時、実際の着弾点が目的地点
とどれだけ離れているかを伝えることをフィードバックというそうです。
「1メートル右に逸れていたよ!」と結果を原因側に伝えるというシンプルな行為です


しかし、日常の仕事や研修の現場で行うフィードバックはこんなにシンプルではありま
せん。フィードバックする側にもされる側にも、思考や感情が働きますから、フィード
バックは難しい。

◎フィードバックが相手に受け入れられないと
  良かれと思って言ってあげたのに・・・相手のためを思って言ってあげたのに・・・
  その結果「馬鹿らしいから言わない」という持論が強化されてしまったりします。
  言うより言わない方を選択する人は、そういう関係性の中で、学習や成長を止め
  てしまう選択をするのです。
◎自分が欲しくないフィードバックをされると
  そういう言い方をされると・・・    そこまで言わなくても・・・
  その結果、言われた内容はどこかへ飛んでいき、言った人への反発心や懐疑心
  がわきおこり、自らは心を閉ざし、思考が停止するという事態を招くこともあ
るでしょう。(もちろんそうすることで自分を守ることの側面も見逃せません)

この世のコミュニケーションの摩擦の多くは、このフィードバックに関しておきている
のではないだろうか?と思えるほどです。
     
フィードバック=「間違いの指摘」「良い悪いの判断」「優劣の評価」というような
図式があるようで、フィードバックは「仕方」も「受け方」も本当に難しいです。
私自身もフィードバックをし、また受ける中で、悩みは尽きません。

しかし、自分や誰かが、何かを達成したい、成長したいと望む場に身をおいたなら、
フィードバックを受け取ったり、伝えたりすることから無縁であるはずはありません。

フィードバックの目的は明確です。
「結果」として得られた情報を原因側に伝えること


そういえば・・・今更ですが、
私はコーチングを学んでいた時は、相手の成長を促進するための肯定的フィード
バック
をするには、どうしたらよいかということに取り組んでいました。

経営品質向上プログラムでクライアント企業をアセスメントしていた時代は、
クライアント企業にとって価値あるフィードバックとは何か?を一生懸命追求していました。

その後ファシリテーションを学び、介入という形での場へのフィードバック
に取り組んできました。

今、私は「経験学習を促進する」という立場から、また新たなフィードバックを探求
しているんだな・・・と思わぬリフレクションが舞い降りてきました。

経験学習を探究しながら、このフィードバックというテーマにもついても、これから
少しずつ書いていこうと思います。
フィードバックは「受ける」「する」の両面で、私の永遠のテーマかもしれません。

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