経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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「自信がない」って何?

今週あったリーダー研修での出来事です。
この研修は、「経験学習」の考え方をベースに「現場での学び」を促進すること
を重視しています。ですから研修後には必ず現場での実践課題が出されています。

今回出されていたテーマは、「課題達成力」。
あらかじめ配布してある課題達成力のリストを見ながら、それぞれが自分の得意
な点、不得意な点について職場の仲間や上司と話し合い、その中から自分自身で
振り返ったこと、今後に生かせそうなことを発表してもらいます。

1人1人が発表する場面での出来事。
皆とてもよく課題に取り組んでいるのに、何故か「自分には自信がないので・・」
という言葉がよく出てきます。

  ・できるかどうか自信はありませんが、やってみます。
  ・果たして効果があるかどうかは自信はないですが、とにかくやってみます。
  ・これができないのは、自分に自信がないからだと思います。
  ・もっと自信がつけば、出来るようになると思います。


うーん。「自信がない」が流行語のようになっています
いつも一緒に研修をしているY先生が大介入を実施しました。
まさに、あうんの呼吸!

 皆さんの発表を聞いていると、皆さんがとても一生懸命やっていること、
  そして成長していることが伝わってきます。しかし一つ気になること、
  それは「自信がない」という言葉が多すぎる。
  私には、皆さんが本当に自信がないのか、それともとりあえず自信がないと言って
  おけば、もし出来なくても怒られないと思っているのか、またはそのことから
  逃げられると思っているか・・とそのように聞こえてきます。

  自信なんて、初めからある人はいないのです。経験をしなければ自信は生まれ
  ないのです。
  ですからどうぞ自分の直面する課題に逃げずに対峙してください。
  まずは経験をしないことには学習も成長も望めないのですから。


一瞬シーンとなり、心なしか皆うつむき加減になりました。しかし、最後の
振り返りの言葉を聞いて私はこのリーダーたちの成長を感じたのです。

 ・先ほどは自分に自信がないと言いましたが、Y先生に言われたことで、
  私は現場の仕事については誰にも負けないくらいも自信を持っている
  ことを思い出しました。そのことを思い出せて今はとても嬉しいです。

 ・出来ないことがあるとつい自信がないと思ってしまうけれど、実際には
  出来ていることの方が多いと気づきました。自信がなくなりかけたら、
  自分の出来ていることを自分で誉めて自信を取り戻したいと思います。


Y先生も私も、1人1人のリーダーが育ち始めていることを確信しました。
経験学習が息づき始めています。




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横に並べないで縦にしたら?

私たちは、とかく色々なことを一遍にやろうとします。
自分自身を振り返ると、良く分かります。
?十年前、全部を一遍にやろうとしてダウンしたことを思い出します。

しかし私たちは、一遍にたくさんのことをやろうとしても限度があります。
全部やろうとして、全部できなくなる・・・なんてこともあるのです。

神様は人間に‘時間’という資源を下さった。
一遍に経験できないから、経験を縦につなぐように‘時間’を下さった。


そんな風に思うようになってから、いろいろなことの見え方が変わってきました。
例えば、とても批判的な発言をする人とか、横柄な態度の人とかを見ても、
あ~、この人たちには、この後にまた違う経験がくるんだろうな~と思うのです。
自分自身が自分の周りの様々なことに反応すること、つまり
批判したり判断したり評価したりすることが減ってきたように思います。



先日の土曜日、課題たっぷりの3カ月4回の講座の最終日での出来事です。
課題の提出状況を表にして配布してあります。
何人かが課題の提出が出来ていません。
そのうちの一人が最後の振り返りで言いました。
「この3カ月間の間に、仕事が変わって、引っ越しをして、子供が生まれました」
そりゃあ、課題なんてやる暇ありませんよね。

期日までに課題を提出しようと頑張った人に拍手!
一遍にできないから課題を後回しにした人にも拍手!
   彼らは横に並んでいるものを縦にしただけ・・・そんな気分になりました。



何かが上手くいかない時は、横に並べないで縦に並べてみたらどうでしょうか?
せっかく私たちには‘時間’という資源があるのだから。
そして今という一瞬一瞬をもっとゆっくり見つめて、そこでの経験を大切に
してみてはどうでしょうか?
今している経験は、もう二度とできないのだから・・・


一昨年前にセアロというインドの高層のお話しを聞いたことがあります。

その時のセアロの言葉
 「何でもかんでもやろうとするな。今世で出来なければ来世やればいい
  じゃないか。来世で無理なら、神様ごめん、再来世やりますと言えばいいさ。」



小指の活躍

3カ月ほど前に何かにひっかけて、軽く捻挫した右手の小指の第一関節。
こんな小さな部位のために接骨院に行くまでもないか・・・と放っておいたら、
何度も同じところを痛めて、ついに腫れてきてしまいました。
あきらめて接骨院に行ったところ、こんなに小さい部位なのに一通りの
マッサージやら超音波治療、そして小指用の保護具装着となりました。

この小指が土曜・日曜と大活躍です。

土曜日は、3カ月4日間の研修の最終日。
いつものように粛々と研修は進み、最後に向けて場は最高に盛り上がってきました。
ここまではいつもの光景です。
最後の休憩時間、1人の受講生が
「その小指、どうしたんですか?」と聞いてきました。
無口であまり普段話をしない受講生だったので、こちらもビックリしました。
「第一関節を捻挫して放っておいたら腫れてきてね・・・」と話すと、
うんうんとうなずきながら、
「ちゃんと治療しなくちゃダメですよ~」との励ましのお言葉。

受講生との何気ない会話に、なんとも言えない幸せを感じたのでした。
関心を持ってもらえるってこんなに嬉しいんだ!という私の意外な発見です。

そして日曜日は尊敬するS先生の勉強会です。
今回は私が、「経験学習を取り入れた人材開発」というテーマでお話しをさせて
いただきました。

やはり休憩の時間。隣に座っていたKさん(凛々しくてイケメンの若者)が、
心配そうな顔で、「その小指どうしたのですか?」と聞いてくれました。
さらには懇親会でお酒も入り楽しい雰囲気になってきた頃ちょっとシニアの男性陣が、
 「その小指誰にかまれたの?」
 「え???」
 「ほら、あったじゃない。えーと『あなたが噛んだ~小指が痛い~♪』って歌!」
と歌い始めて大盛り上がり。

接骨院に行くまでの3カ月間、「優鬱で困り者」だった私の小指が大活躍の2日間
でした。これだけプラスのエネルギーを戴いたので、きっと早く治るでしょう。

小指さん、たくさんの幸せをありがとう。
あなたは小さいけれども確かに私の一部だね。

リーダーは33人みんな

チリ落盤事故から33人が生還してから早、一週間経ちました。
これは10月17日付の朝日新聞の報道で、1人目の救出者アバロスさんの言葉です。

70日間の地下生活を振り返って、次のように言っています。
  
  「33人は性格も考え方も違う。最初はとても難しかったが、次第にグループを
  作るようになり、お互いの結びつきが強まるようになった。 
  全ての事を多数決で決めた。
  1人のリーダーがいたのではなく、33人みんながリーダーだった。」

33人全員生還の秘訣を垣間見た思いです。

  皆が共通の目標を持った時、
  皆が自分と他者を含めてそこに向かうことを願ったとき、
  そして皆がそのことについて十分なコミュニケーションが取れた時 
そこには困難に打ち勝つ素晴らしい組織ができるのですね。
その組織こそが、「1人1人がリーダー」なのだと思います。
 
バーナードという学者の「組織成立の条件」として次の3つをあげています。
  ・明確な目標
  ・コミュニケーション
  ・1人1人の貢献意欲


今回の33人はまさに強い組織をつくっていたのです。
私も、様々な場面で引用させていただいている考え方ですですが、やはり持論
を乗り越え、定説となり原理原則として語られる理論には重みがあります。
こうした体験談や経験談が、またその理論を強化していくのだと思います。

        

今いろいろな研修プログラムの企画を練っていますが、この記事をきっかけに、
ふたつの想いが湧いてきました。

一つ目は、「何のために?」という目的意識に問いかけることの大切さです。
    スキルや方法論を乗り越えて、
    その人がどんな状況にでも適用できるような腹落ち感を、
    そのことを、その人らしさの中で活かせるようなアプローチを、
    そして1人1人が自らの在り方に問いかけられるような場づくりをしたい。


二つ目は、研修講師がいくら頑張っても、やはり真の学習は現場で起こるもの。
    であれば、私は現場学習を促進する人でありたい。
    
 
数年前より現場実践の難しさについて、研修の限界に向き合ってきた私です。    
結構難しいぞ~という囁きも聞こえてきますが、夢は夢。
気づきの講座で探求中の「志」、ちょっとだけ見えてきた感じです。


 

すごいリーダー

今週のトピックスといえば、世界中が注目した「チリ落盤事故からの33人の
生還」です。
この70日間の経験・体験は、今後いろいろな形で紹介されることでしょう。

10月15日付の朝日新聞に「生来のリーダー」として、33人帰還の立役者
ウルスアさんの記事が載っていました。

私が一番感動したのはこの部分です。

「規律を保ちながら救援を待たなければならない。だが、その間全員を自分が
束ねてコントロールするのは難しいと考えた。そこで責任を分担するため、
3つの班にわけてそれぞれの班長を任命。一日24時間も三分割して、仕事班・
睡眠班・休憩班に分けて過ごすことにした」


ウルスアさんはこの33人の職務上のリーダーではなかったはず。この状況下に
おいて自らがリーダーシップを発揮して全員をまとめ上げた方です。
暗闇の中で絶望的な状況において、どんな形の話し合いが行われ、どんな形で
彼がリーダーとして名乗りをあげ、どんな形で全員を統率をしたのだろうか?
あせりや数々の苦難の中で33人を勇気づけ、生還へのモチベーションを維持
することは簡単ではないはず。どんな話し合いがあったのだろう・・・
彼の数え切れない経験の中から、ゆるぎない信念がそれらを可能にしたのだろ
うけれど、その信念は、どうやってできたのだろうか・・・

彼がが33人目の救出者、つまり最後の救出者であったことが全てを物語って
います。

リーダーシップ
リーダーシップとは、自分と自分以外のものを巻き込んで何かに向かう力。
リーダーシップとは、自分を超えたところで他者に影響力を与える力。
リーダーシップとは、志を貫くこと。


普段研修などで、やれ支援型リーダーシップ、チーム巻き込み型リーダー
シップなどの言葉を使っていますが、そんな言葉が本当に空疎に思え、
本当のリーダーシップとは何かを考えさせられました。
リーダーシップの本質を垣間見た気がしました。

私は今、何に向かってリーダーシップを発揮できるのだろう?
そんなことを真剣に考えた今日一日でした。

願い通りの人生

朝仕事先に向かう電車の中で、ふと「願い通りの人生」という言葉が浮かんで
きました。

 どうせ駄目だ・・と思っていることは、決して実現しないのです。
 こうしたい・・と思っていることはどんどん実現していくのです。


そんな一つ一つが人生を形作っているのだから、人生は願い通りに進むのだ、
とポワーンと感じながら電車の中でまどろんでいました。

そして仕事先A社でのこと。
A社と仕事の契約をして4年目になります。とても楽しい仕事です。
しかしいろいろ事情が重なって、私の心の中では来年の3月位でここの仕事も
終わりかな~となんとなく思っておりました。

さてA社の社長と話し始めて30分。話の流れから私は全てを察しました。
「わかりました社長。契約は11月末で終わりにしましょう」という言葉が自然に
口にでてきました。
「またお手伝いできる時期がきたら連絡くださいね」と言葉を添えて。

エレベーターまで見送りにきてくれた社長を見ながら、4年前にお仕事を頼まれた
時のことを思い出していました。

本日二つ目の訪問先B社にいくまで1時間以上あったので、B社の近くにある
日枝神社に立ち寄りました。
始めがあれば、必ず終わりはあるもの。
そうはわかっていても、やはり4年間心血を注いだA社の仕事があっけなく
終わりを迎え、ちょっぴり複雑な気持ちだったのです。

日枝神社は日本でも有数のパワースポットと言われています。
今日は平日の午後とあって、ほとんど人はおりません。
軽くお祓いでもするつもりで、30分位ベンチに座って心静かに瞑想をしてい
ました。自分の気持ちに気づき、気持ちを味わっておりました。

心の中で声がしました。

 「願いがかなっただけだよ」
 「来年の3月より前倒しで願いがかなったんだよ」


青い空に、白い雲
藤棚(藤じゃないかも・・・)に遊ぶたくさんのスズメ達。

そうか・・・願いが叶っただけなんだ

仕事の終わりはいつでもなんとなく淋しいものですが、またそれは新しい仕事を
受け入れるための準備でもあります。
朝電車で思ったこと「願い通りの人生」を経験した私でした。
気持ちがキリッと切り替わり、心新たにB社に向かいました。

すごいダイアローグ

先日、すごいダイアローグを経験しました。

ダイアローグは通常の会話と違って、問題を解決するための話し合いです。
ビジネスにおける力関係や複雑な感情がからみあった、とても面倒な問題。
できれば、避けて通りたい!しかし避けては通れない浮世の辛さ・・・
今回体験したダイアローグは、まさにそのような場で行われました。

さて話し合いが始まりました。AさんとBさんの話し合いで、私はそれを見ている
というシチュエーションです。
私も問題の一部に関係していますが立場上口をはさまず見ていることになりました。

このダイアローグですごかったのはBさんです。

「Aさんのおっしゃることも分かりますが、それでも私は今回のことは納得でき
ないのです」と、Bさんはとても丁寧に自分の意見を主張していきます。
それに対してAさんがBさんを納得させようと話をするのですが、また
「おっしゃることは分かりますが、納得はできません」と繰り返します。そんな
ことが3回くらい続いたところで、Bさんがダイアローグのモードに入り始めます。

「お互いが納得出来ない理由を上手く説明できていないようなので、双方の理解
が進むように、一緒に考えましょう。」
  とAさんに持ちかけます。

そして問題の概要を紙に書き出し、Aさんと一緒に確認をしながら、要所要所の
気になる点を質問し始めます。


 「Aさんのゴールは何なのですか?」
 「Aさんは私の立場をどのように考えていますか?」
 「Aさんはこの点はどう考えたのですか?」


と一つ一つAさんの考える前提を質問で明確にしていきます。
そうしているうちに、Bさんが何故納得できないのかについて、Aさんの理解が深
まってきました。そしてBさんもAさんの主張する背景について、理解が深まって
きます。そしてそうしたやりとりの中で問題の本質を探り当てていったのです。

とうてい平行線をたどりそうな問題解決が、こうして少しずつ近づいて行きました。
最初は、運動会の大玉転がしの’大玉’くらいあった灰色の問題が、黒いゴルフ
ボールくらいの形になってテーブルにのっておりました。

ダイアローグの結果として、問題が解決したわけではありません。しかし、双方の
共有が進んで、確実に何かが解決されているのです。


力と力のぶつかり合いの中でのダイアローグは、ものすごいエネルギーを使うの
だということを目の当たりにしました。ぶつかり合うエネルギーを内包している
中でそれを抑制しながら、粘り強く共有できる点を探し当てていくこのパワー。
立場は違えど私もこの問題解決のある一部に関係していたので、このダイアローグ
の凄さに感動しました。

ダイアローグには、「強い頭」と「強い心」と「強い意志」が必要です。
’ダイアローグ’について、私の中で何かが深まっていきました。
Bさん、素晴らしいダイアローグを見せてくれて、どうもありがとう

旬の学び

最近私の頭の中で、‘旬の学び’という言葉がブームになっています。
とくにこれを感じ始めたのは、3カ月4回のALC養成講座を担当している時です。

興味のある方はこちらを見てください。⇒ http://www.jial.or.jp/
一ヶ月目、二ヶ月目、三ヶ月目、最終日と4日間、受講生と対峙していると、
それぞれの受講生の学びの瞬間に立ち会うことが出来て、とても幸せです。
その都度、受講生からエネルギーをいただける、とてもお得な仕事です。

何が学びを引き起こすのか・・・についても本当に人それぞれです。

  ある人は、失敗から学び
  ある人は、課題の図書から学び
  ある人は、他の人の行動から学ぶ


講師の私から学びました!なんて人は、ほとんどいないのではないだろうか。
でも、それでいいのです。講師の私は「学びの場」を作ることが仕事なのだから。

そんな風に思い始めてから、私の中に一つの変化が起きました。

受講生の不満そうな顔、怪訝な表情、くってかかるような質問、やる気のなさ
そうな顔、なかなか変わろうとしない(ように見える)強固メンタルモデル、
固い(ように見える)思考、などなどに接すると、こんな風に思うのです。

  あ~、今何かが起ころうとしている。
  これは、この人に、もうすぐ‘旬の学び’がやってくる前兆。


ときたま、3カ月の講座内で‘旬の学び’が起きないこともあるのです。
何が原因だろう・・と振り返った後は、それでも大丈夫だと思える私がいます。

だって人それぞれ、学びには‘旬’があるのだから・・・と。

惜しむらくは、もっと早くこんな気持ちになっていれば、私の子育てはもっと
楽だったかもしれない・・・という思いがわいてきます。
でも、この学びも「今が旬」なのですね・・・きっと。




脳のいたずら

本田ゆみ先生の「気づき講座」受講中の私は、日々自分の感情に気づくことに意識
を集中しています。といってもそういろいろなアクシデントが起こるわけでもなく・・

そんなある日、長雨の続く中、朝仕事に出かける時のことです。
愛犬に挨拶をしがてら、庭に目をやると、2メートルほど先の草むらに、
雨に打たれた子ネズミの死骸が・・・

うっ!ど、どうしよう。生憎主人は出張中で帰ってこないし。こっ、怖い
とりあえず仕事に出かけたものの、頭の中は大混乱。
まさに気づき講座の試練です。

  怖いという気持ちをまず受け止めてみよう。
  いい年して・・という気持ちもありながら、とにかく本気で怖いという自分を
  しばし味わってみました。


感情に気づいてみると、少し冷静になっていろいろと考えが広がってきました。
死んだ子ネズミの方が可愛そうなのに、それを怖がるって何でだろう。
そこには、怖がることを選択している自分がいます。
怖いのは死骸を直視することや触ることか。(注:私は魚も触れないのです)

明日の朝になったら、まず子ネズミの上に土をかぶせよう。そして隣に穴を掘り
土ごと穴に埋めればいいか・・・と解決案が出てきて漸く落ち着いてきました。

さて翌朝、意を決して新聞紙に土を準備し、現場に挑んだ私でした。

  と、そこには子ネズミの死骸がありません。
  あるのは、木の小枝と白っぽい毛ダマの塊。
  この毛ダマは愛犬のブラッシングをした時のものでした。


え~!あんなにリアルに子ネズミの死骸に見えていたのに!

そのとき急に思いだしました。
20年前にこの家に引っ越したばかりの時、同じような雨の日に玄関に続く石畳に
子ネズミが死んでいたことを。
そうか。あの時の子ネズミの映像が脳から引き出されたのか・・・

「過去の映像」を「現実」に重ね合わせてしまう脳のいたずらですね。
こんな脳の不思議と、自分の思い込みの激しさに呆れてしまいました。

この間書いた「すごい学習者」の村木さんの言葉を借りるなら

  「今回のこと(経験)を自分なりに咀嚼し、
  今後の様々なことをするうえでの
  自分の中の新しい視点の一つに加えたいと思います。」

という心境です。(村木さん、つまらない事例で引用してすみません!)


今回の私の学習。「思いこんだときほど検証を!」 でした。


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