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経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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シンクロニテイ

TVをつけたら、高校生のコーラスが耳に飛び込んできました。
それは、2011NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部の課題曲でした。
まあ、ともあれ、Nコン2011のHP見て下さい。

http://www.nhk.or.jp/ncon/music_program/kadaikyoku_h.html

聞いた時にその旋律と歌詞に感動し、そのあとでHPの歌詞を改めて読んで
また感動しました。
そして、この作詞をされた銀色夏生さんという女性が宮城県出身とのことで
3度感動したというわけです。
 ⇒親切な方が教えてくれました。銀色夏生さんは、宮崎県出身でした
  すみませーん(3月23日)

私には、これが今回の大震災からの復興の歌のように感じました。

まさか神様がそこまで準備したわけではないでしょうが、シンクロニテイの
凄さを見たような気がします。
コンクールは今年の10月のようですから今後多くの人がこの歌に触れるでしょう。

この詩を心に刻みたいと思い、HPより下記に書き写しました。

※私は23日の水曜日から4月10日まで、フランスで出産をした娘のもとに行って
 参ります。その間ブログはお休みいたします。

    
●僕が守る 作詞 銀色夏生 作曲 上田真樹 (Nコン2011のHPより転記)
    
    いつか君が僕を守ってくれたこと
    僕はずっと ずっと忘れないよ

    心細くて伸ばした手がどこにも触れない時
    世界はとても怖いものだと思う
    でもどこかに触れたときはほっとする
    そのだれかが触れるものに、僕がなれたらいいな

    地球の上に 宇宙の中に
    生きているもの ただあるもの
    そのすべてがなくてはならないもの
    どんなにささやかでも
    なくてはならないもの

    生きる理由がわからないというなら
    その理由を僕があげよう
    君がいなくなると僕は困る
    だからそこにいてほしい

    空も星も花も吹き抜ける夜風も
    みんな同じ生きる仲間だから
    どんな時も決してひとりじゃないんだよ
    君がつらいときは僕が助けてあげる

    いつか君が僕を守ってくれたから
    次は僕が 誰かを守りたい


    
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意識変容の学習

日本列島に今、大きな意識変容が起きているのではないかと思います。
私自身も例外ではありません。
節電、節ガス、節水にいたっては、以前の自分では考えられないくらい行動が
変容しています。

   
メジローによって発表された意識変容の学習理論(1978)では、
  ●意識変容とは、自分自身や自分達が生活している世界の見方についての
   劇的かつ根本的な変化に関わるものである。

  ●さらに、意識変容の学習は、人々を形作る。人々は学習の後、自分も他人も
   わかるほど変わるのである。(クラーク 1993)
 

5年前にスイスに行った時のこと、あちらでは
  ・お店は全て7時にしまってしまう
  ・土日はお店はお休み
  ・宅配便のような便利なサービスは見当たらない
などなど、不便な生活だなあと思う反面、その頃から日本の便利すぎる生活に
疑問を持ち始めておりました。

アスクル、あす楽、お急ぎ便・・・・そんなに急がなくていいのに。
夜10時まで営業するスーパー、24時間営業のコンビニ

顧客がそれを欲する以上、競争に勝つために、顧客に選ばれるために、私たちは
利便性を追求します。その結果できているのが今の社会。
そして悲鳴をあげている地球。

だから、顧客である私たちが変わらなければダメなんですね。
今まさに問われているのは、私たちの意識変容。

企業は企業の、政治家は政治家の、国は国の、そして生活者は生活者の視点で、
ここでの学習を未来につなげること・・・・
この気持ちを忘れないようにしたいと思います。


思考が散漫に

東北関東大震災から5日経ちました。

被害状況や被災地の様子、福島原発のニュース、計画停電と列車運行状況、
そして余震。

私の思考回路はとても散漫になっています。 
どうすることも出来ない状況の中で、様々な情報が押し寄せ、思考が考える
ことを放棄しているに違いありません。初めての経験です。

でも、その分思考以外のものが妙に敏感になっているような気がします。

 
犬の散歩にでかけようと、玄関に出た私の足元で、犬が何かクンクンとにおい
を嗅いでいます。
何だろう・・・と見てみると、そこには子供のヤモリがいました。
全然動かないので、あらやだ、私が踏んでしまったのかしら・・・いやいや
さっきの宅急便のおじさんに踏みつぶされたに違いない。
かわいそうに。
さて、どうやって片付けよう・・・ちょっと気持ち悪いなあ・・・

そんなことを考えながら犬の散歩を済ませ、家に戻りました。
ところが、先ほどのヤモリ君がいません。
あれ?もしかして・・・・

犬ににおいをかがれ、私に見つめられていたヤモリ君。実は生きていたのです。
あんなに小さいヤモリ君、死んだふりして自分の身を守ったのです。

怖かっただろうなあ・・・すごいなあ・・・
生きようとする力ってすごい
生きる知恵もすごい

こんなことに感動する私・・・
まだまだ経験を整理しきれていませんが、私たちは今、たくさんのことを
経験しているのだと思います。

壮絶な経験の波

3月11日の東日本大震災。
被災された皆様には心からお見舞い申し上げます。

画像で伝えられてくる被災地の悲惨な状況に、思考停止状態です。
自然は私たちに否応なしに「壮絶な経験」を押しつけてくる・・・そんな感じ
がぬぐえないでいます。

思えば3月11日の朝、こんな会話をしていました。

主人 「あ~、管総理も外国人からの献金を受けてたみたいだよ」
私  「政治家は、みんな辞職して1人もいなくなっちゃうかもね・・・」

そして地震発生の時、私は伊東駅そばのコーヒー店に友人と二人でおりました。
伊東のリハビリ施設にいる友人を見舞った帰り道、踊り子号に乗るまでの時間
調整中でした。

長い横揺れを感じながらも、同じ時間に、別の場所であのような壮絶な大津波が
起きてるなんて・・・

帰宅難民となった次の日、なんとか家に戻る途中の上野駅で常磐線に乗るまで、
4時間も列に並びました。ほとんどが帰宅難民として夜を明かし、皆疲れている
のに誰1人文句を言わず、粛々と列に並んでいます。
お年寄りも学生も、声を掛け合いながら、いたわりあって並んでいます。

本当に辛抱強く、我慢強い日本人。

漸く乗れた電車の中で、赤ん坊が泣き始めました。するとその声につられて
別の赤ん坊が泣き始めます。この泣き声コーラスに、
  「ハモッってるね」
  「赤ちゃんだって辛いよね」
と、電車の中はなんとも言えない暖かい空気に包まれました。
なんだか日本人が好きになりました。


今日本中に、壮絶な経験の波が押し寄せています。

今できること、それは節電への協力
そして、被災地に思いをはせ、思うこと、祈ること




判断VS先入観

経験から学習をするために、持論化のプロセスは無くてはならないものです。
経験を深く振り返って気づきを得、あ~そうか!と納得して、新たな考えや
教訓を得た時の喜びは、誰しも経験していることでしょう。

しかし、この持論も時として検証が必要です。

「判断」と「先入観」はコインの両面のようなもの

私たちは毎日何らかの判断をしなければなりません。
「判断したり評価することから離れてみませんか?」
とHPの表紙には書いてみましたが、
現実生活では判断なしに物事は進みません。

そもそも判断するとは・・・

 ●あの人は感じ悪いと思った時、それは自分の中の心の枠組みを通してそう
  思っています。
 ●マニュアルによって判断した場合、そのマニュアルは正しいという先入観
  に基づいています。
 ●何かの教えにそって判断した場合、その教えは正しいという先入観に基づ
  いています。

判断がいいとか悪いとかではなく、そもそも判断とはそういうものだと
知っている必要があります。

私たちの持論も同じようなものなのでしょう。
自分の心や思考の枠組みの中で、自分の持論化を行っていると知っておくこと
が大切なのだと思います。

いっそのこと、何も判断しない、持論もつくらないと決めたらどうだろう。

 そこには判断するのは止めよう、という判断があるし、
 持論づくりをやめようという持論がそこにある。


生きている間は、判断も持論づくりもやめられそうにありません。
 判断と先入観という両面のコインとは、私たち人間に与えられた脳そのもの
 かもしれません。

経験学習の敵(2)

今朝の新聞で「悩みのるつぼ」というコラムを読んでいたら・・・
「理性や論理は感情を説得するために使ってはいけない」
という文章が目に飛び込んできました。

あ、これも経験学習の敵にちがいない!と発見(?)した次第。

それにしても‘感情を説得する’とは、なんという名表現でしょう!

 いらついたり、ざわついたり、傷ついたり、しおれたり
 私たちのハートは本当に正直です。
 感情は、その出来事に自分がどう反応しているかを教えてくれています


感情は私たちそのもの。
だから理論や論理で抑え込めるほど、ヤワではないのだと思います。
その手ごわい相手を説得しようと思うと、思考を暴走させて、ネガテイブな
持論をどんどんつくりだしてしまう。

ネガテイブな持論で感情が説得できるはずもなく、
さらに説得しようとするとどんどん他者や自分にむけて攻撃をかけてしまう
ネガテイブスパイラル。

そんな状態では、経験からの学習がよりよく行われるはずはありません。

コルブは、経験を振り返るステップを省察的観察(Reflective Observation)
表現していますが、激しい感情の波の中では省察的に観察できるはずもあり
ません。

経験学習が負のスパイラルを描かないためには
  感情を説得するために思考をつかわないこと。
  どんな感情でも、感情は私たち自身なのだから、受け止めて抱きしめよう。

     そう感じている私がここにいるんだね・・・と

考えるのは、感情の波が収まってからでも遅くはない。
  思考は、生産的な未来をつくるために使いたいものです(自戒をこめて)

共同思考

今、質問に関する研修のプログラム開発をしています。
部下育成、問題解決、職場学習の促進という3つの場面で役立つ質問力養成
プログラムです。
90%くらい完成したところで、お仕事仲間のY先生に見てもらいました。

Y先生は、かつては3000人の組織をまとめてきたバリバリのトップマネジ
メントとして働いてこられた人です。
チッチッチとプログラムを見て、いつも適確なコメントをしてくれます。
私が10時間くらいかけて作ったものを、10分位でみてしまいます。

そしてそこから電話会議でレビューをしてもらうのですが・・・・

いつもそうですが、この30分位のレビュー会議の中で、私とY先生は完全な
共同思考状態を経験します。
私とY先生という完全に異なる脳が、このテーマに関して、この時間帯だけ、
一つの脳になるような感覚です。

Y先生の脳と私の脳があたかも一つの脳のように協力しあって考えるのです。

結果は、もちろん最初のものより30%位バリューアップしています。
しかし、どんな時でも共同思考ができるのか?というとそうでもないのです。
やはりいくつか条件が必要です

 ・話し合われるテーマに双方がコミットしていること
 ・話し合うための準備が整っていること
 ・お互いの機嫌が悪くないこと


この3つ目はかなり重要なポイントかもしれません。
関係性の中で、何か屈託をもっていたり、言いたいのに言えないこと、言わない
ことなどがくすぶっていると、必ずと言ってよいほど上手くいきません。

実際の職場や会議の中でも、こういった共同思考が働きだしたら、どんなに
素敵でしょう。

共同思考ーーーこの素敵な感覚を多くの人に伝えたい!
そんな思いをこめ、そんな内容も盛り込みながら作っている質問のプログラム。
早く沢山の人に見てもらいたい気分です。



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