経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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愛犬脱走事件

2日前のこと、夜遅く家に帰ったら、玄関の木戸が30センチくらい開いており
ました。いや~な予感。案の上、我が家の犬がいません。脱走したのです!

丁度この日は主人も不在。私はあわてました。いつもの散歩コースを、犬の
名前を呼びながら歩き回りましたが、犬はいません。
明日の朝、保健所に電話をするしかないか・・・
そんな風に諦めていたのですが、念のため、駅前の交番に電話をしてみました。
親切なお巡りさんが、ちゃんと話を聞いてくれて、他の交番にも連絡を取っ
てくれるとのこと。2分後、すぐに電話がありました。

松戸警察に一匹ゴールデンリトリーバーがいるとのこと。

夜中の1時頃、私一人で犬を迎えに行きました。
深夜の警察署。当直のお巡りさんが10人くらいはいたでしょうか。
本当に申し訳なく、すみません~と謝りながらのお迎えでした。

車の後部座席で、偉そうにゆったりと寝ころんでいるバカ犬(愛犬?)をみて、
安心するやらあきれるやら。
ところが、さらに大変だったのは、家に着いてからです。犬が車から降りよう
としないのです。35キロもある巨体を引っ張っても抱いてもびくともしません。
足を踏ん張って、絶対におりたくない!という態度なのです。
結局、引きづり下ろしましたが、私の頭は疑問で一杯です。

  なんで脱走したのでしょうか。
  なんで車から降りなかったのでしょうか。

あ~わからないことばかりです。
犬の気持ちが読み取れるヒーラーさんの真似をして、犬の頭に手をやって気持ち
を読み取ろうとしましたが、無理。2分で挫折。
はじめて、犬の気持ちが知りたいと思いました。

外人とのコミュニケーションは言葉が通じないから大変だけれど、手ぶり身振り、
カタコトの英語があるから、犬に比べればラクだな~、
犬にはどんな世界が見えているのだろう?
などと、変な振り返りばかりしています。

ともあれ、大事にいたらなかったことに感謝感謝。
警察に通報してくれた人がいて、犬を確保してくれたお巡りさんがいて、そして
今があるのです。たくさんの人に助けられていることにホントに感謝です。


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ぞっとする出来事

この週末には、ぞっとする事件が二つおきました。
ひとつは、ノルウェーのような治安国家でテロや銃乱射事件がおきたこと。
もうひとつは、中国の新幹線の事故。高架線から落下しぶら下がっている
新幹線の姿をみて、ぞっとした人は沢山いるでしょう。
しかし今日になって、さらにぞっとするニュースを目にしました。

中国は、事故車両を細かく刻んで地中に埋めてしまったというのです。

どこかの誰かがそういう発想をして指示を出したという事実、
その命令に迷わず従う人がいるという事実
会見で、それでも安全だと公のスポークスマンが言う事実
これは隠ぺいではなく、安全の為だと会見を開く事実
それらを平然と世界に向かって発信しているという事実

ノルウェーの事件にも、中国のこうした対応にも、背景があり、そこに
関わる人々の価値観や信念があるはずです。
なんだか世界中の膿のようなものが、出始めているような気がします。
日本の政治の混迷も例外ではないでしょう。

こんな時だからこそ、自分を見失わないよう、しっかり前を向いて、
しっかり自分の軸を見つめて生きていかなくてはと思う今日この頃でした

 朝起きたら太陽が出ていること、
 食するものに満たされていること、
 関わってくれる人がいること、
 自分が生かされていることの喜び
何気ない今に感謝することが何より大事な時代入っていくのではない
でしょうか。

力を抜くこと

力を抜くことって、大切だと思います。対人関係でも人生を生きる上でも
物事を乗り越えるひとつのヒントのような感じだと思います。

私たちは責任感や使命感を持つと、ついつい肩に力がはいってしまいます。
肩に力が入っている状態では、あ~するべきだ、こうするべきだ、これでは
いけない、あれではいけない、と様々な「べき論」が思考を支配しています。
そういうフィルターをとおして回りを見るから、当然のことながら批判的に
なってくるし、人から何か言われたりしたことに、傷ついたり怒ったりする
頻度も上がります。

ウン十年前の母親としての私を思いだして見ました
そこには確かに、こうしたらどう、あ~したらどう、と過干渉気味の母親で
ある私がおりました。おそらく、仕事をしていて十分に子供と接することが
出来なかった後ろめたさやあせり、でも何とかきちんと子供を育てたい、
みたいなことでどこかに力がはいっていたのでしょう。

ウン十年前の上司としての私を思い出しました。
あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ、でも育てなくちゃ、公平にしな
くちゃ、しかし成果もあげなくちゃ、女性だからと言われないように頑張ら
なくちゃ、、、
こちらは明らかにギンギンに肩に力がはいっています。

では、ウン十年前の私に、誰かが「肩の力を抜きなさい」と言ったとして、
その時の私は理解できるでしょうか?

きっと、「どうやって?」と私は訊き返すでしょう。そして、
「じゃあ、子供がどうなってもいいっていうの?」
「じゃあ、成果が出なくてもいいわけ?」
って、食ってかかりそうな気がします。

では、「肩の力を抜くとはね、結果に固執しないこと。やるだけのことを
やったら、あとは天におまかせするのよ」と言ってみたらどうでしょう。
「じゃあ、子供が変になったら、誰が責任とってくれるの?」
「じゃあ、成果が出なかったら、責任を取ってやめろっていうの?」
とまた突っかかってきそうです。
ウン十年前の私は、手ごわいです。

では、こんな風に聞いてみましょう。
 「力んでいて、辛いことないの?」
 「あなたに力が入りすぎていると、相手にどんな影響がでそう?」
あ、これなら何とか答えてくれそうです。

学びは自分の中からわいてくるもの。だから与えることはできないのです。
私たちにできることは、問いかけることだけ。
問いの力ってやはりすごい。

なでしこジャパンの快挙

昨日も今日も、ワールドカップ一位に輝いたなでしこジャパンのニュースで
持ち切りです。
サッカーというと、タックルしたりへデイングしたりしますから、何となく
女子には難しいようなイメージを持っていましたが、試合を見てそんな気持
ちは吹っ飛びました。

女性だけのチームの特徴が良く出ていたように思います。
男性はどちらかと言うと成果を追い求めますが、その男性に比べると女性は
関係性をとても重視する傾向にあると言われています。自分自身を振り返っ
てみても、それは納得です。
インタビューなどを聞いていても、ベンチメンバーへの心配り、大震災に
向けた被災者へのメッセージ発信、さらに支援していただいた外国の皆さん
への感謝の発信など、様々な関係性を大切にしている姿が浮かび上がって
きます。
もちろん、男性のサッカーチームだって同じなのですが、彼らは意識して
それらを行い、なでしこジャパンは、当たり前のこととしてそれらを
行っている、というような印象を受けました。

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム博士の成功の循環を思い出し
ました。簡単に説明すると、
  関係性の質をあげることにより、思考の質があがる。
  思考の質が上がれば、行動の質が上がる。
  行動の質が上がれば、結果の質が上がる。

というものです。なでしこジャパンの快挙は、まさにこの成功の循環が回っ
た結果なのでしょう。

それにしても、この監督さんはすごいです。
PK戦に行く前の円陣で、気合いを入れる場面で、満面の笑みです。
もちろん選手もニコニコしています。
世界一をねらうこんな場面で、ニコニコ出来るってホントにすごいです。

もしかしたら、これからの男子チームはこれに見習っていくのではないで
しょうか。なでしこジャパンの快挙が、男子チームや、他のスポーツ選手に
どのような影響を与えていくのかが楽しみです。


ともあれ、今回の快挙で、女子サッカーの環境改善が進みますように!

テキスト併用型研修

研修というと、今まではパワーポイントでレジュメをつくり、同じものを
スクリーンに映し出しながら進めるというスタイルを取っていました。

今私が考えているのは、通信テキストと集合研修を組み合わせて行う方法です。
今年に入って、通信テキストを執筆した時に浮かんだアイデアです。

通信教育のいいところと、顔を見ながら話し合いができる集合研修を組み合
わせたら面白いのではないかと思うのですが、如何でしょうか。

良い点は、本になっているテキストが受講者に残るので、その後の復習や
現場活用に役立ちます。また受講者は通信テキストを読んでから参加する
ので、学びの準備はできている状態で参加するはずです。


進め方はこんな感じです。

●受講者は、あらかじめテキストを読んで、一通り頭に入れた状態で研修に
 参加する。
●集合研修はグループワークを中心にして、テキストにあるテーマに現場
 課題を結びつけて、デイスカションをしてもらう。
●各グループは話合った内容を発表と、他グループからの質問、フィード
 バックなどを受ける。最後に講師がフィードバックとコメントをする。

そして、次が大事です。この研修は現場実践がセットになっているのです。
このテキストの範囲内で、次回の研修までに職場で実践することを決める。
決め方は各人の自由ですが、何を実践するのかを最後に発表してもらいます。

通信テキストではありませんが、他の補助教材を使って、こんな感じの研修
をやってみました。効果は上々。
こういうのを私は参加者の学習促進型研修と呼んでいます。毎回思うこと、
それは、場の力はすごいということ。そして受講生の相互に起きる学習は、
講師のインストラクションの何倍も素晴らしいということ。

私が目指すのは、研修講師が教える部分は極力減らし、受講者の学習促進
中心の研修です。こんな研修が何年後かには主流になっているかもしれま
せん。(私の妄想)

立ち直るまで

何かについて、そのことが面白くなかったり、腹が立ったり、心に屈託を残し
たりしていると、見えている世界は一遍に変わってしまいます。

 一生懸命だったことがバカらしくなったり、
 自分が急に小さく見えてしまったり
 相手が急に強圧的な人に見えてしまったり
 信じていたものが疑わしくなってしまったり


心の反応する脳の力ってすごいものだと思います。
何も変わっていないのに、自分の心一つで世界が変わってしまう不思議です。

昨日は久しぶりにそんな体験をしました。
私の書いたものにフィードバックを戴いたのですが、その後ちょっとした落ち
込みがありました。いつものことなので慣れていますが、それでも楽しいこと
ではありません。
早く立ち直らないと!と理詰めで考えてもダメなことは分かっているので、
私は’自分の好きなことをしまくる’戦法で、これを乗り越えました。

 ゴロンと横になって、歴史漫画を読みふける
 思いっきり長くお風呂に入る
 テレビを見ながら一人楽しく食事をする(たまたま主人は出張中!)
 ダラダラする


あ~、私って本当はすごい‘怠け者’なんだなあ、と感心しながら怠け者を
満喫しました。(とても経済的な私です)
翌朝、ちゃんと立ち直っていました。

この落ち込みから立ち直りまでの時間て、とても大事なのだと思います。
この時間に名前を付けたいのですが、良い名前が思い浮かびません。

明暗でいえば暗の部分。光と闇なら闇の部分。

しかしこの時間帯は、間違いなく私たちが経験を振り返るために与えられて
いるのだと思います。何かを成し遂げる生産的活動は止めるかわりに、
新しい何かを生みだす学習活動の時間が与えられているのだと思うのです。

だから落ち込んだ時は、何かを学ぶバロメーターなのだと思うのです。
そんな風に思えば、落ち込むのも悪くはないですね。
しかし出来るだけ早く何かを学んで這い上がりたいものです。

よりよくなりたい「私」に出会う

あの人の行動が許せない、あんな言い方しなくても、あの顔つきは私をバカに
しているに違いない・・・
どこにでもある人間関係のドラマです。
人に話して鬱憤をはらししておさまるうちは良いのですが、中には何年も何十
年も、そのことを思い続ける人もいます。

先日、そういう人の相談を聞いているうちに私の方が疲れてしまい、グッタリ
してきました。これはいかん!と振り返ったのが、次のことです。

以前、鍼灸師をしているひとに、こんな言葉を教えてもらいました。
  怒りは肝を破り、 喜びは心を破り、  思いは脾を破り、
  憂いは肺を破り、 恐れは腎を破る。

ネガテイブな感情は、自分自身を痛めつけるのです。

自分の心が不安な時、怒りを納められない時、辛い時、苦しい時、放っておい
てはいけないのです。これらのストレスはいろいろな形で自分の健康を蝕んで
いくのです。
しかし、心に効く薬など売っていません。病院にいけば、状態を緩和したり
しばし抑えたりする薬はあるかもしれませんが、そうなる前に自分でなんとか
したいものです。

そんな時、自分の気持ちをこんな形で表現してみるといいかもしれません。

 あの人の行動が許せないと怒っている私がここにいます。
 あんな言い方をしなくても、と憤慨している私がここにいます。
 あの顔つきは私をバカにしているに違いないと推測している私がここに
 います。


どうでしょうか。
怒りや不安を生みだしている「私」が、自分のまえに整列しました。
それぞれの「私」の言い分をじっくり聞いてみましょう。
そんな風に思わない別の「私」を探してみましょう。

感情の処理は本当に難しいです。しかし怒ったり、辛かったり、苦しかったり
する「私」の裏側や奥底を探検していくと、必ず「よりよくなりたい私」に
出会うものです。

振り返ることの意味、それはそんな私に出会うためなのではでしょうか。
そんな私に出会えたとき、学びが降り立つのだと思います。
誰しも、学ぶためにこの世に生まれてきたのだから。

教える方法は二つある

ものごとを教えるには、二つの方法があると思います。
一つ目の方法は、山本五十六語録にある、
「やって見せ、言って聞かせてさせてみて、誉めてやらねば人は動かじ」
にあるような、いわゆる普通の方法です。
しかしもう一つの教え方があります。それは反面教師という教え方。
悪い手本を見せて、反省や戒めの材料とすることです。

そういえば、私はこれまで随分沢山の反面教師さんに出会ったなあ・・・
人々のやる気をなくす天才にもお目にかかったし、重箱の隅つつきの天才にも
出会った。数え切れないほどの反面教師に、本当にいろいろなことを教わりま
した。反面教師からの教えは、普通に教えてもらう何倍ものパワーをもって、
自分の中にしみこんでいます。

今日のテレビニュースに映し出された松本復興担当大臣は、すごいです。
本気で、あんな口の聞き方をするのだろうか?これは演技?と思われるような
威圧的な態度で宮城県知事と話している一部始終がテレビに放映されました。
これぞ反面教師です。
この一件で彼は多くの政治家を教育したのではないでしょうか。
こんな風にしゃべると、たたかれるよと。時代は変わったよと。
本質的な学びになるかどうかは別として、今後の政治家のプレゼンスに確かな
影響を与えるに違いありません。

そして夜。どこかのビルの屋上で松本復興担当大臣の釈明会見が行われていま
した。「え~、僕はB型ということもあり、やや唐突にものごとが伝わること
があると、妻に電話で言われまして・・・」
と釈明する顔は弱々しくフツーの人の顔になっていました。

これからどうなることやら。
あまりにおそまつな日本の政治。
何かをすればすぐに壁にあたる。すぐにボロがでる。

しかし見方を変えれば、何もかもが隠ぺいされているよりはずっとましです。
放送に踏み切った東北放送万歳。
どんなにひどくても実力が分からないよりは実力が分かったほうがましです。
どこかのスーパーヒーローが現れて日本を救ってくれるわけではないのです。
どんなにひどくても、それを反面教師として学ぶ覚悟があれが、必ず良い
方向に向いていくはず。


65年前の心に出会う

大震災から112日が経ちました。時折聞かれる明るいニュースの裏側には、
まだまだ多くの苦しみを抱えて頑張っている被災者が沢山いることを忘れな
いようにしたいと思います。

今週のクローズアップ現代で、
‘わが愛する日本へ~ドナルド・キーン89歳の決断~を見ました。
この大震災を期に、日本に帰化をして余生を過ごすという話を聞いていたの
でとても興味深く拝見しましたが、その中で驚いたことが一つありました。

キーン博士は、日本人を理解するために、戦中・戦後の作家の日記を沢山読ま
れたそうですが、その中で高見順さんという作家の日記の一部が番組で紹介さ
れました。東京大空襲で10万人以上が死んだ時のことです。

 高見順は、母親を疎開させるために上野駅に行った時に、家を焼きだされ、
 何もかも失った人達が、黙々と列をつくって並んでいる光景を見たのでした。
 それをみて、自分はこの人達とともに生きていきたい、と心から思ったのだ
 というようなことが書かれていたと言うのです。


それは、3月12日に私が上野駅で体験した感じにとても似ていました。
3月14日付ブログ(壮絶な経験の波)でも書きましたが、大震災の翌日の上野駅
は人であふれかえっていたのです。常磐線に乗るために4時間並んだ私は、誰1人
文句も言わず、整理する駅員もごくわずかしかいないのに、静かに黙々と並んで
いる人々に感動したのです。さらに驚いたことに、もうすぐ乗車出来る時になっ
て階下を見下ろすと、中央改札口には何百人という人達が入場制限を受けて整然
と静かに並んでいたのでした。

高見順さんが、「自分はこの人とともに生きていきたい」と思ったその気持ちを、
65年経った同じ場所で、沢山の人が感じていたはずです。
私は戦後生まれなので、そのころの苦労は経験していないのですが、なんだか
時空を超えて、65年前の自分に出会ったような不思議な気持ちになりました。


さてさて、暑い夏に突入ですが、あの頃に戻ったと思えば電力制限もなんのその。
日本中が協力してこの夏を乗り切ることで、また何かが生まれそうな気がします。
自然への感謝・食べ物への感謝・人の心への感謝・生かされていることのへの感謝
そんな感謝の気持ちが日本中を覆い尽くす日に、少しずつ近づいているような気が
しています。

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