経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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強くなるためには捨てること

最近、よく思うことがあります。
強くなるためには、捨てなくてはダメなんだということ。
強くなるためには、いろいろ学んだり習得したり練習したりしなくてはならない
けれど、その過程で、余計なものもたっぷりと溜めこんでいるはずです。
例えば、地位とか、こだわりとか、しがらみとかとか・・・

たっぷり学んだ、たっぷり習得したと思ったら、次は余計なものを捨てること。

昨年の今頃だったでしょうか?私がいろいろなものを捨て始めたのは・・・
ともあれ、沢山の物を捨ててきました。捨ててしまえば失うものもあります。
しかし、導かれるままに捨ててきた結果、本当にやりたいことだけが手元に残っ
た感じです。その恩恵ははかりしれません。

コンサルテイングの現場で、また研修の現場で、また何かを書いている現場で、
私は昨年より強くなった自分を感じます。
強いとは、シンプルだということ。
私はやはり強さに憧れている。
そんなある日、こんなものに出会いました。
ちょっとしゃれたポストカードです。さっそく部屋に飾りました。

白龍

私にとって、強さの象徴。それは龍。
龍は片手にちゃんと宝物をつかんでいます。
大事なものは絶対に手放さない!
そんな龍に愛着を覚えたのでした。
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三層式研修

私は、一過性の研修からの脱皮を目指しています。研修で学んだことを職場に
落とし込み、成果に直結させるための仕組みづくりが私の研究課題です。

今取り組んでいる研修は、三層式の研修です。

・一層目は入社3年未満社員。2か月に一回、計6回の「仕事力向上研修」を受講
 します。
・二層目は一層目の社員のOJT担当者。彼らは昨年「OJT実践者研修」を受
 けています。今回は一層目社員が研修で学んだことを、職場で実行でき
 るように、OJTを実践するのです。
・三層目は、二層目の社員を指導する立場の上司。OJT指導者と名付けています。
 同じく昨年「OJT実践者研修」を受けていますが、今回は、二層目のOJT
 実践者達が、適切にOJTを行えるよう支援をする役目です。

「仕事力向上」というテーマで学んだことを、職場に落とし込み、組織力そのもの
をあげようという試みです。これまでにも似たようなことはやりましたが、それらの
経験から学習したことを精いっぱい盛り込み、今回は徹底的にやります。

外部講師として私がやるのは、一層目の研修と、OJT指導者会議でのフォロー
アップです。一層目の研修の一カ月後にOJT指導者会議を開いて、そのフォロー
アップをするのですが、今日が、まさにその日でした。
さて、この三層式研修は、うまく動き始めるだろうか?ドキドキしながらの彼らの
報告を聞きました。
OJT指導者達から、OJT実践者達がどのようにOJTを行っていたのか、職場
にどのような変化があったのか、そこから学んだことなどの報告を受けました。

案ずるより産むが易し。動き始めています。
部門ごとに若干のばらつきはあるものの、何の何の、ちゃんと動き始めています。

2層目社員の活躍は、三層目のOJT指導者達から語られる言葉でしか把握できない
のですが、今日のフォローアップ会議で、しっかりとそれが伝わってきました。
なんだか、この3層式研修、上手くいきそうな予感です。

新しい形の研修をしてみる。そこから経験を学びに変えて、さらに効果的な研修の
形を作り出す。こんな経験学習を回せたら、本当に幸せです。
研修と仕事の壁を取り払う。これが私の夢かもしれません。



あとは自覚するだけ

合気道の稽古中、ただ手をあげるという何気ない動作でも、「力を抜いて」と
何度も注意を受けます。注意されると確かに力が入っていることがわかります。
「あとは自分でそれをどれだけ自覚できるかどうかですよ、、」とH先生。
このキツーイ一言で、私にも自分の身体のどこにどう力がはいっているのか
意識するスイッチが入りました。
H先生はすごいのです。例えば、もう少し人さし指と中指にも意識を向けて、
とか、背中を緩めてとか、身体の力の入り方の隅々までが分かるのです。

これまで何気なく身体を動かしていましたが、最近、身体にも確かに思考と
知恵があるのだと思うようになりました。
そういう意味では、私の身体は超頭が悪いレベルにあります。

もうひとつ、私ってホント頭悪い!と嘆きたくなることがあります。
それは、頭の中でしょっちゅういろいろなことを考えているということ。
ホントにつまらないこと、考える価値の無いこと、そんなことを考えている自分
に気が付きます。

なんとなくですが、身体の頭の悪さと、思考のおしゃべりをやめられない頭の悪さに、
共通点があるのではないか・・・、そんな風に思い始めました。

隅々にまで意識と心を向けられるようになること。
本来使うべきところをしっかり使い、無駄な力を入れないこと。
無駄な力を入れてしまえば、本来のつかうべき力が邪魔されること。

「あとは自分がどれだけ自覚できるかどうかですよ」
なんという名言でしょう。
どこか違う世界では私も同じ事を言っていたような気がするこの言葉。
思考にも心にも身体にも当てはまる名言だったのですね。
大切に心に刻んでおきましょう。

コミュニケーション

先週、道場にウズベキスタン人の新人がやってきました。3ヶ月間という短期で、
合気道をやりたいというわけです。ところが、彼は日本語は全くわからず、
英語も話せません。どうするのだろう?先生も大変です!

様子を見ていると、先生は一生懸命ゆっくりと日本語で話しかけます。
 先生 「お仕事は何しているの?」 彼 「・・・・?」
 先生 「いつ来たの?  彼「・・・?」
そんな光景を見ながら、私は心の中で、日本語で話しかけたってわかるわけない
のに・・・と思っていたのでした。
しかし、稽古も終わることになると、何やら先生と彼がに楽しそうに話している
ではありませんか?

私は、その光景をみて、「日本語で話しかけたってわかるわけない」と思った
自分が本当に恥ずかしくなりました。コミュニケーションは言葉だけではない
のですよね。分かり合おうとする気持ちがあれば、何とか通じるものです。
そういう大切なことを私は忘れていたのです。

そして今日、私はその彼と一緒に組んで稽古をしました。手ぶり身振りで何と
か出来るものだなあと思いながら、ここは~とか、それは~とかと、自然と
日本語で話しかけていたのです。
するとそれを見ていた人が言いました。

「阿部さん、その人日本語わからないから、話しても通じないよ」と。

そこには、先週の私がいました。先週の私を今の私がみている、
そんな不思議な気持になりました。


私達は思い込みや勘違いがいっぱいの中で生きています。
そんなことを振り返った秋の夜でした。

私からの手紙が届く

今日、郵便物がどっさり届きましたが、その中に何やら見慣れた文字が・・・
私の字です。なんだろう?と思ったとたんに、思い出しました。
9月初めに、私が私宛に出した手紙です。

それは、9月の初旬に参加した清里のワークショップのことでした。
最終日に主催者の方が、一人一人に封筒と便箋を渡しました。そして、
このワークショップの振り返りをそこに書くように言ったのです。
2~3週間後に振り返ってもらうためだとのこと。

その時は何とも面白い演出だな~と感心し、ワークショップで気づいたことや
今後の計画などが書いたのです。あれから6週間。人間の脳って、ホント忘れっ
ぽいですね。手紙を書いたことすらコロッと忘れておりました。

しかし、この自分あての手紙を読みながら、ワークショップでのことがリアルに
よみがえってきます。そこにはこんなことが書いてあります。

私が手放したいと思うこと:損得勘定をする私、自意識過剰な私
ありたい自分: 経験学習を伝道する人になること
            優しさを人の為に使える人になること
            もうひとつは、ナイショ 

そうだ、そうだ、そうだった~。セアロの話を聞いたり、他の皆さんに触発され
たりしながら、こんなことを思っていたんだっけ。
うーん、出来ている部分と、忘れてしまっていた部分があります。しかし、6週間
後のこの手紙によって、私は思い出しました。

振り返るって、ホントに大事ですね。そして私達は、ついつい振り返ることを忘
れてしまうから、こうして振り返る仕組みをつくることは、素敵なことです。
こんな粋な研修設計をしてくれた主催者の方に感謝感謝です。


また6週間後の自分に、手紙でも書こうかしら・・・


研修の当事者は誰?

研修の当事者って、誰でしょうか?
一番最初に思い浮かぶのが、受講者です。次に思う浮かぶのは講師。
研修後のアンケートは、ほとんどがこの講師がどうだったか?研修の内容は
どうだったか?というような質問に終始しています。

しかし、研修には、まだまだ沢山の当事者がいるはず。
・この研修の計画や準備をする人事のスタッフ
・この研修に部下を派遣する現場の上司

研修という場は、これらすくなくとも4つの立場の皆さんが関わっているはず。
しかし、後ろの二つは十分な関わりをもっていないケースがほとんどです。
 ・人事スタッフの仕事は、受講生の満足度が高くなるように研修内容と講師
  を選ぶこと。
 ・現場上司の仕事は、日常の仕事に影響がでないように受講者を送りだすこと。
こんな景色を幾度となく目撃してきました。

ホントにそれでいいの?

こんなことを続けているから、
・受講生のマインドは現場と分離してしまい(研修は研修、仕事は仕事)
・講師のマインドは仕事の現場と分離し(研修の中だけのパフォーマンス)
・人事スタッフと現場上司が協力しあって人材開発をしようという構図が
 なかなか作れません。(仕事と教育の分離)

研修は一過性の刺激、とは、昔から言われることですが、そんなことやって
いて、この厳しい環境は乗り切れるでしょうか?人材開発への投資は回収
できるのでしょうか?

この9月から一年間の予定で、これらをすべてつなぐような現場連動型研修
をスタートさせました。私の描く理想を、現実の研修として実践するのは、
結構大変です。でも、やってみれば何かが分かるはず。
経験から学習する「場」を幾重にも組み込んでありますから、この研修には
失敗という概念がないのです。

私の理想の中で、ここには無理があった。なぜならここの仕組みが弱いから。
ここは上手くいかなかった。だって、ここの準備が足りなかったから。
そんなことを話し合いながら、講師も、受講者も、人事スタッフも、現場上司
も、小さな学びを積み重ねながら、来年の今頃には沢山の果実を得ているはず。

このロングランの研修について、少しずつでも、学んだことを報告していき
たいと思います。

何故腹が立つのだろう

理不尽なことを言われたり、嫌なことを言われたら誰だって腹が立ちますが、そ
れほどのことではないのに、何故か腹が立つということがあります。

先週は母の隣に住んでいる姉夫婦が旅行で不在だったため、84歳の母に密着
マークでした。別にずっと一緒にいたわけではないですが、一日2回くらいの電話、
病院への付き添いなどで、いつもより濃密な接点が多かったのです。
タイミングの悪いことに、この期間に私も風邪をひいてしまい体調がイマイチで
した。そんな中で、2~3回、母の言葉に「むっか~」とする経験をしたのでした。

「むっか~」とする自分を観察すると、確かに感情は怒っているのですが、何故
怒るかという合理的な理由はどこにも見当たりません。ただ、「またお願いね」
というようなシンプルな言葉に反応してしまうのです。まあ、理不尽に反応して
いるということは自分でもわかるので、そのことを特別にとりあげないし、言わ
ないし、ただただ、その場では自分が嫌な気持ちになるだけで、相手には何もわ
かりません。(多分ですが)

今までにもこういうことはあったのですが、「なんでこんなことで腹がたつのだ
ろう?」と思いながらも、この感じを何年も放置していました。しかし、確かに
成仏していない経験が、どこかに潜んでいるに違いないのです。それは個々の
経験というよりは、私自身が経験してきた心の不満の蓄積のようなものかもしれ
ません。

その昔、コーチという仕事をしていたことを思い出しました。もし、クライアントが
同じ事を相談してきたら、コーチとして私は何をするだろう??

多分こんな感じになるでしょう。
その「むっか~」としたときに、あなたはお母さんに本当はなんて言いたいのですか?
こんなことを言ったら大人げない、とか、恥ずかしいとかいうことを考えずに、素の
ままのあなた、子供のようなあなたの言葉で、それを表現してみましょう。


3日連休のどこかで、やってみようかな?
どんな思いも、それが未熟者でも嫌な奴でも甘ったれでも、私の一部です。
これから長くなるであろう母との付き合いを楽しいものにするためにも、自分の中の
未成仏霊くらいは自分で何とかしなくてはいけない、と思った次第です。

ダイアローグの秋再来 

今日は本当に涼しくて、というか寒いくらいです。私達の身体も生活も、ちょっと
した夏の疲れを経験しつつ、実りの秋を迎えます。

ダイアローグについての執筆を依頼されました。
丁度一年前の秋も、ブログでダイアローグについて書いています。どうやらダイア
ローグは秋に似合うようです。久しぶりに開いた、デヴィッド・ボームの「ダイア
ローグ」にこんな言葉を見つけました。

ー対話の何よりの障害となるものは、想定や意見に固執し、それを守ろうとすること

まさにそうだ!と思いますが、自分を振り返ってみると、しょっちゅうこういうこ
とってやっていますね。

想定や意見に固執している思考には、どこか力みがあると思います。
  絶対~だ
  自分は正しい
  こうあるべきだ


こんな力みの背景には、不安や恐れが潜んでいるのかもしれません。
  もしこの考えを手放したら、どうしてよいかわからない
  これが正しいと信じてきた自分と、どう付き合っていけばよいのか
  こうあるべきと思って行動してきた自分を否定するのか?


この力みや不安や恐れが対話をする際の障害になるのでしょう。そういう意味では、
本当に真剣に対話に取り組めば、その経験から学習して、自分のこんな傾向にも
気づけるはず。目のまえの難しい問題を避けることなくダイアローグに取り組んだ
先には、きっと何かが見えるでしょう。

ダイアローグ。それは結論をだすのではなく、分かり合うことからはじめるコミュ
ニケーション。
本当に分かりあったら、そこにはWIN-WINの結果がまっているはず。

他者からのフィードバック

今日は土曜日。昼間TVをつけたら、お笑い芸人の番組で、
「女性スタッフに嫌われる芸人」というコーナーをやっていました。
普段お仕事をしている時の、プロデューサー、AD,カメラさん、メイクさん、
衣装さんなどの女性スタッフが、お笑い芸人についてどんなところが良いとか、
どこが嫌いかなどのアンケートに答えるというものです。

芸人の皆さん、キツイフィードバックには、本当に堪えたでしょうね。

私達は、仕事場でも生活場でも、沢山の人と関わり合って生きています。
そして普段から関わりが深かろうが浅かろうが、実に沢山の人物観察をして
います。

 あの人はいつもニコニコしていて感じがいい人
 あ~いう態度って、許せないね
 あの人って、上の人ばかりに気を使って感じ悪いね
 あの人って自分のことしか話さないよね  などなど

しかし、逆に自分だって観察されているということは、ついつい忘れがち。
そういう意味では、おもしろい番組でした。

とくにキツイフィードバックを受けた人のリアクションが面白かったです。
「僕は嫌われるようなことはしていませんもん」、「そんなことありません」
などの反応が多数。気持ちは分かりますね。
しかし、自分の見え方は、他人が決めるので、仕方ないですよね。

フィードバックは、自分の姿やあり方などが、他人からはどう見えるかを
教えてくれるもの。異なる脳同志が認識を交換するわけですから、一致し
なくて当たり前。


自分が思っている以上に良いフィードバックをもらえたら嬉しいし、逆にそう
でなければとまどうのは誰でも一緒です。その中から、自分に役に立つものを
拾える人と拾えない人とでは、当然何かが違ってくるはずです。

TVを見ながら久しぶりにフィードバックについて振り返った土曜日でした。

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