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経験学習のススメ

経験学習デザイナー 阿部久美子のブログです

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殻を破る

子育て中の娘との何気ない会話を楽しんだ後、急にこんなイメージが
湧いてきました。

 ゆで卵をつるんとむいて出てきた、白くて美しい卵。
 何年か前のとがった娘はもうそこにはいない。

そんな風に思ったのです。

あの人も、この人も、そして私も、
 ・コツンコツンと叩いて皮をむいたら、美しい自分が出てくるでしょうか?
 ・コツンコツンと叩くのは誰なのでしょうか?
 ・いつコツンコツンと叩いてくれるのでしょうか?


叩かれても頑張れば殻は破れないだろうし、
成長していないのに殻を破ってしまえば、中身がこぼれるだろうから、
丁度いい時にコツンとたたかれて、出てきたいなあ。

私達に押し寄せてくる経験は、いつでもコツンコツンと私達を叩いている
のかもしれません。
経験と言う刺激は、確かに私達に学習をもたらし、私たちを成長させてくれ
るのでしょう。

私達は一生のうちに、何回殻を脱ぐのでしょうか。
殻を脱いでは殻をつくり、また脱いでは殻をつくる。この繰り返しの中で
最後に脱ぐ殻は何なのでしょうか?

私の想像では、殻を脱いで出てくる自分は、確実に透明感が増し、美しくなって
いくのだと思います。そして最後に殻を脱いだ時、そこは美しい光で満たされて
いるような気がしています。

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メッセージを受け取る

最近よく思うのですが、似たような事件が連続しておきると思いませんか?
ある時期に、刃物により殺傷事件が続いかと思うと、今度は子供の虐待の事件
が続いています。

最近新聞やテレビでは・・・
大王製紙前会長の巨額借入事件が話題になったと思ったら、今度はオリンパスの
ウッドフォード元社長の告発により、長期間の隠ぺい事件が明るみにでました。
そして巨人元GMの清武氏と渡辺恒雄会長の対決も泥沼化していきそうな予感です。
長年たまっていたマグマが、いろいろな形で噴出したようなニュースが続きます。
たまたま噴出した結果がニュースになり、私達の知るところになるわけですが、
実際には、そうなる過程で、何年もの間、何人もの関係者が気の遠くなるような
ネガテイブな経験の連鎖を紡いで来たのでしょう。

これらのニュースから、ネガテイブな連鎖はどこかで断ち切るんだよ、という
メッセージが私達の社会に送られているような気がしてなりません。
しばらく、そういう目でまた世の中のニュースを観察してみようと思います。


    
しかし、自分のことを考えても、何らかのメッセージは、確実に重なって送られて
くるという実感があります。

ある時、合気道関係のブログを見ていたら、「爪が伸びていて畳に引っ掛けて爪を
はがしてしまった」という記事を読みました。その時は、ぞ~っとしただけで終わ
ったのですが、次の週のお稽古で、一緒に稽古をしていた中学生が、稽古中に爪を
はがしてしまいました。今度は確実に’ぞ~っ’としていた私ですが、その次の
稽古では、私の切りたての爪がとがっていたらしく、教えてくれていた先生の皮膚
を傷つけてしまいました。(先生、ホントにごめんなさい)

そんなこんなの事件以来、稽古に行く前は丹念に爪を切り、やすり(?)で爪の角
を丹念に磨いています。
爪を切ることはあっても磨くという文化から程遠かった私も、恥ずかしながら
この年になって、ついに爪の手入れをするようになりました。ネイルアートには
程遠いですが、やっと文化人の仲間入りのような気分です。

日頃何だかんだと寄せられる自分へのメッセージに敏感になると、人生なんだか
 面白い展開になりそうです


龍の秋

10月28日のブログで、このところ私が龍に惹かれていることを書きました。
その後も何かと龍を探し求めている私がいます。

龍柄のTシャツを一枚購入しました。いい年をして~と言われそうなので、
これは合気道の道着の下に着ることにしています。
次にゲットしたのが、龍柄を彫ってある水晶玉の携帯ストラップ。
そして先日神楽坂の風呂敷屋さんでゲットしたのが、これです。
部屋の壁にはって、かわい~とばかりに毎日眺めています。

201111222307000.jpg

そして先日、ブータンの国王夫妻が来日。
ブータンといえば、国民総幸福量というのを掲げている国として有名です。
国旗には白い龍が描かれています。

被災地を訪れたワンチュク国王が子供たちに伝えたメッセージ、それは
  皆さんの中に人格という竜がいます。
  年をとって経験を積むごとに竜は強くなります。
  自分の体験の上に存在し、経験によって大きくなるという心の中の龍。
  自分の龍を鍛錬して、感情などをコントロールすることが大切だ、
というようなお話だったようです。

何かと龍づいているこの秋です。
私の中にいる心の龍に出会っているのかもしれません。
来年は辰年。
龍の強さをもって、いろいろなことを乗り越えたいです。

アクション&リアクション

昨日の土曜日、某セミナーで学んできました。
行きは人身事故で電車が遅れ、帰りは雨風で電車が遅れ散々な一日でしたが、
そのセミナーで出てきた話しが、このアクション&リアクションです。

話は簡単です。
 相手のリアクションは、私のアクションに対する結果であり、
 私のリアクションは、相手のアクションの結果

考えてみれば当たり前のことですが、この当たり前が曲者です。ついつい私達は、
相手の反応を見て相手を判断してしまいがち。さっそくこの背景にある学問分野
『行動分析学』を勉強してみようと思います。
私が探究している経験学習もそうですが、経験から学ぶという当たり前のことも
意識をしてよりよく学ぶ努力をしないと、なかなか学べません。きっと同じよう
に行動分析学の中にも、人生をよりよく生きるヒントが詰まっているはずです。

そう言えば、今朝こんなことがありました。

朝私が起きる時間を見計らったように、洗濯物がしかけてあります。日曜日の早朝
よりゴルフに行く主人が、出かけるまえに洗濯機をまわし、私に干させようという
魂胆です。いつもそうするので、昨晩私は
「洗濯は私がやりたい時にまわすから、まわさないでね。脱水したまま置いておく
 と皺になるんだからね」と言っっておいたのに・・・

ちょっとムカッとしたあとに、すぐに振り返りが起きました。
この行動は私の昨晩の言動に対するリアクションなのです。
彼は「皺にならない」ように、予約タイマーを使い、起床した私が紅茶を飲み終え
そうな時間を見計らって、洗濯機を仕掛けたのでした。

行動分析学には、夫婦円満のための秘訣がいっぱい入っているかもしれません。

矛盾に気づく

これは、中国の故事にある話です。
 この矛は鋭いのでどんな堅い盾でも突きつき通すことができる
 この盾は堅いのでどんな鋭い矛盾でも突き通すことはできない
 ならば、この矛と盾で戦ったならどうなるのか?


先日ある人と話していて、自分の言動の中に、大きな矛盾があることに気づいて
しまいました。

彼女は、「人のために何かをやってあげる」ことが大好きです。何かをやって
あげることで、‘いい人’として大いなる満足感と自分の存在価値を味わえる
のだと思います。しかし、時と場合によっては、それはおせっかいになったり、
余計なお世話になったりするわけで、必ずしも感謝されるとは限らず、時とし
てネガテイブな反応に出会います。すると、「人の気持ちを知らないで・・・」
とがっかりしたり怒ったりするわけです。

こんな‘いい人ゲーム’を何度も繰り返す彼女に向かって、私は言います。
 ●自分でやったことが原因で、そういう結果が戻ってくるのだから、原因を
  つくらなければいいんだよ。

同じ彼女が、私に何かとアドバイスを求めてくる時、私は彼女に言います。
 ●最終的には自分で考えて行動するしかないよ。

先日、懲りもせずに‘いい人ゲーム’に敗北して、打ちのめされていた彼女と
話しました。
私は彼女に、「何故そんなことをしたの?」と聞きました。
彼女は私に、「だって、いつもあなたは最終的には自分の思う通りにやれと言
      うじゃない」

・・・たしかに・・・・一瞬言葉を失いました。
私は、彼女なりの「正しさ」を理解したのでした。

同時に、私自身が彼女との間で繰り広げているゲームにも気づきます。
相変わらず私は、教えたがりで、説教グセが強くて、答えを与えたがっていて、
そして自分の思う方向に物事が進まないと、苛立つ。名付けて’説教ゲーム’

自分の中にある矛盾は、様々なゲームを生み出しているように思います。
こうして日常を振り返ると分かったつもりになっていたことが、何一つ
出来ていないことに気が付きます。しかし、ガッカリするのはやめましょう。
出来ていない自分を経験できたのですから、そこから駒を先にすすめるのみ。

自分の言動にある矛盾に気づいた時、私達はまた一つ学習が進みます。

気付いたら一歩一歩、ゆっくりゆっくり、
同じ道ではなく、よりよく変わる道を探したいと思います。

経験学習のススメ

今日は、2011年11月11日。冷たい雨が降っていてとても寒いです。
しかし1がゾロッと並んでいるので、もしかしたら今日はいい日かも。
そんな空想の吉日を選んでお知らせがあります。

このブログと同名の本「経験学習のススメ」が完成しました!12月初旬に発売
になります。有名書店の店頭に山積み・・・・というわけにはいきませんが
オンライン書店ならおそらくどこからでも購入できますので、どうぞお手
にとって見て下さい。

経験学習のススメ


昨日初めて刷り上がった本を手にしたのですが、原稿は7月末に出しているし、
校正が終わったのは9月の中旬だし、なんだかとても昔のことのように思え、
目の前の本を見ても、なんだかピントときていません。
机の上において、すこしじっくり熟成させてみようと思います。

いろいろな人のことを思い出し、いろいろな場面を思い出しながら書いた本です。
あの人にはこんな風に伝えたい、この人には、こういうことを伝えたいなどと、
実に沢山の経験を振り返り、それを題材にして得た私自身の学習について書きま
した。どこかの誰かの役にたてばいいなあ。

ともあれ、このブログが縁になって出来た本のお知らせを、111111の日に
できたことでちょっぴりハッピーな気分です。

Tan-kyu-shin

日曜日の昼間、TVを付けたら、何かのアニメの主題曲でこんなラップ調の曲が
流れていました。丁度、ダイアローグについての原稿を書いていた時で、ダイア
ローグは共通の意味を見つけるための探究である・・・みたいなことを思っていた
ので、この曲'Tan-kyu-shin'が耳に飛び込んできたのかもしれません。

まだ生まれる新たなTan-kyu―shin
まだ生まれるTan-kyu-shin
走り歩きそして休み
あぁ123で
まだ生まれる新たなTan-kyu―shin
まだ生まれるTan-kyu-shin
  中略
全員倒したとしても
自分の中の自分という相手が名乗りを上げるだろう


若い人って、すごいですね。
私の持論の中に、
「人類の進化の歴史をみても、今の若い人達は確実に我々より進化している」という
考えがあります。今の若いもんは・・・と言う人達には、反発されそうですが・・・

作詞・作曲そして歌っているKREVAさんて、どんな人なのでしょうか。
また、このラップ調の曲を口ずさむ子供たちや若者は何を考えているのでしょうか。
私たちの子供時代の感覚は、巨人の星の星飛雄馬(?でしたっけ)とか、アタック
ナンバーワンの鮎原こずえ、とかでした。(年がバレバレですが)
要するに根性物語の中にヒーローがいたのです。

時代は進化したのだなあ・・・と深く思います。
ちょっと年下、とかじゃなくて、うんと年下の若者と触れあいたくなりました。
これが、私の‘まだ生まれる新たなTan-kyu-shin’でしょうか。

席を譲られた!

先日、仕事の打ち合わせに渋谷に向かう電車の中で、な、なんと席を譲られました。
優しそうな30代の男性が、私を見上げてニッコリ、「どうぞ」と言ったのです。

くしくも、その日は新しいお仕事のお相手を紹介してもらうという日で、朝から
バッチリ髪をととのえ、それなりにお化粧もして、服装もキッチリ決めて、さあ
行くぞ!というノリでしたから、「どうぞ」と言われても、一瞬何のことか分か
らず、でもすかさず「ありがとうございます」と言って席に着いた私。
別にシルバーシートでもないのに、なんで席を譲ってくれたのだろう・・・

最初は若干のショックに見舞われながらも、いろいろ思いを巡らせながら電車に
揺られておりました。しかしだんだんと、席を譲ってくれた30代の男性の思い
に感謝の気持ちが湧いてきました。理由はともあれ、そういう優しい行動を起こ
してくれたその男性の気持ちが嬉しかったのです。

家に戻ってこの話を主人にしたら、主人大爆笑。
電話で娘に話したら、娘は困惑し、最後には慰めてくれる始末。
その慰めの理由が面白かったです。
 ・きっとその人は、今日は何か一ついいことしようと決めていたんだよ。
 ・もしかしたらお母さん、その人のお母さんに似ていたんじゃないの。
 ・お母さん、足が痛そうだったんじゃないの?
などなど、一生懸命理由を考えてくれた娘にまたまた感謝です。

以前シニアの方々と話していた時に、席を譲られるのがショックだったという
話を聞いたことがありました。人ごとのように聞いていたその話でしたが、
現実に我が身に起きてみると、なるほどこういうことか・・と理解が進みます。

ともあれ、日本中の人が優しくなっているような気がするので、そのことに乾杯!
席を譲ってくれた方、ありがとう。あなたの気持ちが嬉しかったです。

閻魔様の業

秋晴れの素晴らしい日に、鎌倉を散策してきました。
普段あまり行かない小さいお寺を巡ったのですが、その中の一つが円応寺。
建長寺から50メートルほど鎌倉よりにある小さなお寺で、閻魔像や冥界の
十王像で有名なお寺です。
そこで、私は閻魔様の意外な物語に出会いました。

それぞれの像の前には、その方々のお役目が説明されています。
人は死ぬと冥界にわたり、そこで過去に犯した過ちや罪を問われるそうです。
亡くなってから一週間ごとにそれぞれの怖い顔をした○○王(名前は忘れま
した)が、それぞれの役割に応じて、その人の罪の重さをはかり、次の○○王
に引き継ぎます。そして閻魔様のところで、罪の重い人は地獄行きが決定する
とまあそういう流れです。

閻魔様のところに来て、その説明を読んだとたん、私は閻魔様の意外な素顔を
見たような気がして、とても親近感を感じたのでした。

閻魔様は、それぞれの罪状が書かれた閻魔帳をみて、「おまえはこんなにひどい
ことをしたのか~!」と猛烈に怒ります。そして罪人を地獄に落とすのです。
しかし罪人を地獄に落とすという罪を犯すので、閻魔様自身も、日に3回地獄を
味わうのだそうです。しかしそれが分かっていても、やはり罪状をみて怒る、
そして地獄に突き落としてしまう、これが閻魔様の業(カルマ)である、という
ような説明でした。

私もどちらかというと怒りっぽい方なので、この話にはとっても共感しました。
今まで知らなかった閻魔様の苦労に、思わず頭を垂れて「閻魔様、お役目御苦労
さまです」と声をかけたくなりました。

自分の中にもいる閻魔様。誰かの中にもいる閻魔様。
 そんな閻魔様に出会った秋の一日でした。


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